ドラムの練習:基礎はだんだん見えてくる

「ちゃんと基礎をやりたい」とか「ちゃんとした先生に習いたい」とかいう言葉をよく聞きます。


そんなとき、クラシックでもおやりですか?という気持ちが湧きます。


まぁ言葉遊びなんですが。


基礎っていうのは、上にどんなものを載せるのかによって変わってくると思います。楽器演奏を始めて1年の人と2年の人、5年の人、10年の人、もしくは初級者、中級者、上級者では、基礎と言っている事の内容も違ってきます。

しかも、今の音楽って「ちゃんとした」演奏法をすっとばして作られているモノだってあるのです。クラシックのような高いレベルでの演奏法が必要な音楽もあれば、Tシャツにジーパンのようなカジュアルが似合う音楽もあるわけです。


シングル・ストロークにつきる。


これは多くのドラマーが感じていることではないでしょうか。
これもまた基礎中の基礎ではあります。十年くらいやらないと完成しないという人もいます。


私は、ドラムって言うのは自転車に乗るようなものだと感じることが多いのですが、自転車に乗る基礎ってなんでしょうか。ま、両足でこぐことでしょうか?


曲だとかフレーズとかテクニックの練習をしていると、うまくできないときに、テンポを落として練習するとか、短く分割して少しずつ練習するとか、そういうことをします。そんな時に手足の組み合わさった動きの手前に、手だけ、足だけの動きなんかに注目して「基礎がなっちゃいない」なんて言ったりもします。ようするに、なにかを成し遂げようとしたときの、最終形の手前の段階に戻ることを「基礎」という言葉で考えている場合もあります。


テクニックの前提になっている事柄と、よく言われる「基礎」というのはちょっと違うように思います。今現在ドラム界に存在しているテクニックはやはりそれなりにいろいろあって、そうしたものは、ただ自然に練習していても身に付きません。目標とする演奏内容があって、それを実現するためのメカニズムの把握と技能的訓練の繰り返し。そうしたコンセプチュアルでストイックな習得行為を「基礎」とか「基本」と呼んでしまいがちですが、どっこいこれは基礎どころか、ある程度経験を積んだ人でなければわからない高度な「たしなみ」になってくるのです。


そして、テクニックにはいろいろな種類があります。演奏の目的は人それぞれ、ジャンルによっても演奏形態によっても変わります。ロック・ドラミングのテクニックとジャズ・ドラミングには違いがあり、相反する部分だってあるのです。


基礎はだんだん見えてきます。
演奏を重ねるたびに、自分にとっての基礎が。


どこかの仙人が書いた、スーパードラマーになることができる秘伝書があったりするわけではないのです。ポピュラーミュージックは時代によって変化していますから、新しいものは自分で考えるしかないわけです。


「何が基礎になっているのかを見切る力」


それが大事なんじゃないでしょうか。


練習法に迷ったときにそんな風に考えてみるのも、練習法の「基礎」とか「基本」なのかもしれませんね。


ちょっと言葉遊びが過ぎましたか。

( 2010/05/22 )