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      <title>03music</title>
      <link>http://makito.boo.jp/03music/</link>
      <description>ドラムと音楽に関するページです</description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2011</copyright>
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      <item>
         <title>ミニキット用エコペダル自作（１）</title>
         <description><![CDATA[　いわゆるクラブキットというのは意外と音量も出たりするもので、まぁ普通のドラムセットのコンパクト版として使うことも多いわけですが。パーカッションを使ったセット、自分の場合はブラジルで買ってきたザブンバとかをバスドラムみたいにしたいなぁと思った場合、ペダルはもっとちゃっちいものでいいなと思うわけです。
　昨今は電車での移動も多いので、ハードウェアが重いのは結構厳しい。つうことで適当に作れないかなあと思い家にあった木材の切れ端でやってみました。ペダルのスプリングは、押しバネを使おうかとか考えてましたが、ゴムひもを太鼓にひっかければいいじゃん！ということになり、フットボードにあたる部分も蝶番を使おうと思ったものの、これひょっとして木材だけでできるんじゃ？→エコなペダルってことにしてできるところまでやってみるかと。ま、それほど耐久性も必要ないし、とはいえ簡単な構造ならばすぐ直せるし。
　つうことで、大変みすぼらしいものができました（笑）一応動画もwww この後試作第2弾も作り、これからまたチェックしようかと。これは軽いですよ！
<div class="putimg">
<img src="/03music/images/Eco_Pedal.jpg" width="500px"><H4>うへぇちゃっちい！でも軽くて手軽！</H4>
</div>

　以下テスト動画。移民の歌のパターンは無理がありましたw

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]]></description>
         <link>http://makito.boo.jp/03music/2011/10/post_31.html</link>
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         <category>２）楽器道</category>
         <pubDate>Sun, 02 Oct 2011 18:38:13 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>リコイルでネジ修理</title>
         <description><![CDATA[　豊橋市南栄にあるシライミュージックの白井トシちゃんがこんなブログ記事を書いています。→「<a href="http://page.mixi.jp/run_page_apps.pl?module_id=223299&page_id=42593&appParams={%22q%22%3A%22view_diary%22%2C%22diary_id%22%3A%2281866%22}" target="blank">ドラムのハードウェアのネジを修理（mixiページ：要mixiログイン）</a>」
　ツイッターだったと思いますが、少し前からこの「リコイル」「ヘリサート」というものを、浅草コマキ楽器の西尾さんからだったか、トシちゃんだったか、教えてもらいました。で、ものすごく高価というものでもないのですが、ネジひとつ直すのには...という感じでちょっと二の足を踏んでいたところ上の記事を読んで俄然やる気満々に。

　今回直したのは、スネアスタンドのM8のボルト部分。ネジ山がイカレちゃって、そこだけのために捨てるというのはもったいない。鬼目ナットを打ち込むという手もあるのですが。まずは潰れたねじ山の部分を8.4mmのドリルで拡大しきれいにします。そしてそこにタッピングビスでネジを切ります。ここにリコイルのパーツが入り込んで、M8のねじ山になるという寸法。

<div class="putimg">
<img src="/03music/images/Recoil_001.jpg" width="500px"><H4>リコイルの道具。右からリコイルのパーツ、タッピングビス、8.4mmのドリル、リコイル挿入具。</H4>
<img src="/03music/images/Recoil_002.jpg" width="500px"><H4>修理前。中でネジ山がつぶれてます</H4>
<img src="/03music/images/Recoil_003.jpg" width="500px"><H4>8.4mmドリルで穴を開けます。</H4>
<img src="/03music/images/Recoil_004.jpg" width="500px"><H4>タッピング開始。</H4>
<img src="/03music/images/Recoil_005.jpg" width="500px"><H4>あまり綺麗じゃないですが...</H4>
</div>

　さて、リコイルのパーツはバネみたいになっとるんですが、これを挿入してツメ部分を折るとできあがり...の筈がちょいと紆余曲折。なんとか入ってM8のボルトを入れてみるが途中で回らなくなるなど...。結局グリス少々使ってうまくいきました。かなり強めに締めてみたりしましたが、とても良い感じです。あとはしばらく使ってみて耐久テストですね。しかしせっかく道具を手に入れたので、修理魔になりたい！壊れているスタンドありませんかぁぁぁぁ〜的な。

<div class="putimg">
<img src="/03music/images/Recoil_006.jpg" width="500px"><H4>挿入具にパーツを挿入し回しながら注入して見ましたが、この外側は外すというに使うもの？？？よく調べてから使いなさい自分。</H4>
<img src="/03music/images/Recoil_007.jpg" width="500px"><H4>なんだかんだで入りました。余った部分があったのでカット。ええんかな...。</H4>
<img src="/03music/images/Recoil_008.jpg" width="500px"><H4>裏側からみるとこんなかんじです。</H4>
<img src="/03music/images/Recoil_009.jpg" width="500px"><H4>完成！良い感じです！ネジが古い！とかいう人は昭和世代！</H4>
</div>]]></description>
         <link>http://makito.boo.jp/03music/2011/10/post_30.html</link>
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         <category>２）楽器道</category>
         <pubDate>Sun, 02 Oct 2011 17:01:03 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>セルフハンマリング実験</title>
         <description><![CDATA[　ハンマリングをやってみました。割れシンバルだったために安価に放出されていた18インチのAジルジャン。おそらくMedium Thinくらいでしょうか。1500〜1600gくらいあります。シズル用の穴があいていて、なにやら簡単には落ちてくれない汚れもありました。音は良かったのですが、ちょっとキツイところもあり、ハンマーで少し叩いて見ました。クッションを下に敷き、布を当ててから裏側から叩きました。ちょっとやりすぎてヒビになってしまったところもありましたが、低音の倍音が増え、ダークでジャズっぽいラフさが出てきました。

<font color="red">　しかしこれは一般の方にはまったくもってオススメしません。ちょっと気に入らないからとやってしまったりすると、絶対に元には戻りません。そして、うまくいくという可能性もありません。職人が作ったシンバルを無駄にダメにするだけかもしれません。また、私自身はこういうことを誰かにオススメするものではありませんし、責任も取れません。あくまで個人的な実験として捉えていただけますようお願いいたします。</font>

<div class="putimg">
<img src="/03music/images/Hammering_001.jpg" width="500px"><H4>ハンマリング前</H4>
<img src="/03music/images/Hammering_002.jpg" width="500px"><H4>エッジが割れていますが、音は良い。</H4>
<img src="/03music/images/Hammering_003.jpg" width="500px"><H4>叩いた後。かなり適当。</H4>
<img src="/03music/images/Hammering_004.jpg" width="500px"><H4>結構ボコボコしています</H4>

以下、テスト試奏です。右手側より、Aジル18"、マキトシンバル（18" original made by 小出シンバル）、Istanbul 30th 18"です。

<iframe width="560" height="315" src="http://www.youtube.com/embed/Bbc5jIIW2Mo" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>
</div>]]></description>
         <link>http://makito.boo.jp/03music/2011/10/post_29.html</link>
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         <category>２）楽器道</category>
         <pubDate>Sun, 02 Oct 2011 16:34:10 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>フリー・ハンマリング・シンバル動画</title>
         <description><![CDATA[　小出シンバルにてフリーハンマリングさせていただいた18インチ2枚の動画です。

　デジカメで撮ったので音割れてますスンマセン雰囲気は出てるかと...スンマセン。レフトサイドとトップの2枚が、小出シンバルでフルーハンマリングさせてもらったものです。
<div class="putimg"><object width="320" height="200"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/w5IBF6ATdT4&hl=ja_JP&fs=1&"></param><param name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" value="always"></param><embed src="http://www.youtube.com/v/w5IBF6ATdT4&hl=ja_JP&fs=1&" type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true" width="320" height="200"></embed></object><br />
<H4>動画のリサイズにすら困った私...。</H4></div>]]></description>
         <link>http://makito.boo.jp/03music/2010/06/post_28.html</link>
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         <category>２）楽器道</category>
         <pubDate>Tue, 29 Jun 2010 09:57:05 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>フリーハンマリング・シンバル自作体験 at 小出シンバル</title>
         <description><![CDATA[以下、日記からの転載ではありますが。大阪、小出シンバルのご厚意でフリーハンマリングによるシンバル自作体験記です。だいぶ長いですが勘弁してやってください。


◆◆◆


「知る」ということ、体験するということは、理屈では表せない充足感や満足感を与えてくれることがある。今回の体験はまさにそれだった。

＜自分のシンバル遍歴＞

　自分のことで大変恐縮だが、そもそも自分のページなのでいったい誰に謝っているつもりなのかもわからぬ。まずは自分のシンバルに対する想いというものを書いてみる。コレなしには、今回のことは意味を成さないだろうし。

　思えば、皮を張ったタイコというものを始めて叩いたときから、ダウーンと揺蕩う音色が、叩く加減によって変化するのを楽しく感じていた。理屈なしに原初的にそう感じているようで、これは赤ん坊などと同じなのではないか。この「変化」というものはなにやら素晴らしく大事なもので「打てば響く」という、打楽器野郎にはとても便利な諺があるが、打って響く変化の具合によって、愉悦とも言える叩く快感が湧いてくる。私はピアノもギターも満足には弾けないが、音を連ねていくことの楽しみや興奮が手の加減で生まれてくるのだ。たぶん自分はメロディやリズムを奏でたいのだが、それは音階やスケールを理解して音程を歌うというよりは、もっと直情的な「タッチによる変化」というものによって運転していける世界が好きであり、おそらくそれ以上のことはできない単細胞なのだと思われる。

　そこにシンバルというものが登場する。意識して叩き始めたのはいつだったか。渋谷のヤマハに小川さんという管楽器のリペアなども行う方がいた頃だったか、「Hand Hammered」と書かれズラリと並んだシンバル達の金額に驚愕しつつ眺めていると「叩いてみれば」と言ってくださった。「いや、こんなの買えないんで」「買わなくてもいいじゃない。叩いてご覧よ」そして近くにあったスティックで叩いてみると、得も言われぬ音がする。「へぇぇ...」「なんだかロールみたいなものが、部室のシンバルより叩きやすいな...」楽器が誘導してくれるような感じと言えば良いのだろうか。スティックを当てて叩いてみると「こんどはこっちを叩いてみろよ」と言ってくれているようである。「あぁそこそこ、そしてそのまま少しスティックを立ててみたり、横っちょで叩いてみなよ、俺のいろんな面が出てくるんだぜ...」どれもそうした会話をしているような、個性のあるシンバルばかりだった。ただ、その中でもひとつ、とても会話の楽しい一枚があった。これは他の場所にも書いたことがあるけれど、その翌週にローンを組んででも買いたいと思って再訪したらば、神保彰氏に買われてしまっていてガックリした。カナダＫの20インチだった。良い音、綺麗な音、というだけでなくなんというか「筆が進む」の音楽版、スティックが踊る、そんなシンバルがあるのだなと思った。音を連ねる毎に世界が広がっていき、いつまででも奏でていたくなる、そんなシンバル。そういうシンバルを叩いていると、ロールがうまくなったような気がして、チップがシンバルの表面を捉えるその瞬間に集中することが快感にもなった。

　そんなことがシンバルのなにかを感じる原体験であったわけだが、その後ドラムセットを所有し、好きなドラマーの使っているものと同じ楽器を揃えたりすることが多かった中で、音楽方面の仕事を始めてから、パイステ社に関わる仕事をさせていただくようになった。倉庫へ行って全製品を叩き、カタログに載せる文章を作る、シンバルのセミナーみたいなものをやる、雑誌の試奏レポートを書く、などなど。パイステを使っている先輩ドラマーと話をさせていただく機会も得て、いろいろな方々がシンバルについてどう思っているかも聞かせていただいた。自分は当時、今は無き六本木ピットインなどでフュージョンバンドみたいなものをやっていた頃で、パイステを自分でも使ってみるものの、あまりジャズに向かない印象があったり、多少落ち着いた音量やトーンが欲しくなるなどのこともあったが、その後トラディショナルシリーズなども出てきたりして、さらにシンバルの種類が広がっていく時代だったように思う。

　そんな仕事がひと落ち着きした頃、やっぱもう少しダークで深みがあって、他の楽器との混じり方の違うものに興味が出始めた頃に、ディジョネットやガッド、そしてジェフ・バラードやブライアン・ブレイド、マタイン・ヴィンク、アンドレ・チェカレリ、ビル・スチュアートといった人達の音が一様に耳に飛び込んでくるようになり、そこに夢中になってきた。気がつけば浅草コマキの当時4階にあったドラムフロアに入り浸り、楽器店や販売元に出向き、ヤフオクやeBayで毎週のように落札し、ジルジャン、セイビアン、パイステ、イスタンブール、ターキッシュ、ボスフォラス、マスターワークス...あとなんだっけ...、そして禁断のVintage K（オールドK）にも手を出す始末。スタジオの床をシンバルで埋め尽くし、叩いては取り替え叩いては取り替えの繰り返しで肘を悪くするアホな状態だった。世の中にシンバルは数あれど、いざとなるとどれも気に入らない。おっ！これは良いかも！と思っても、しばらくすると「小さなイライラ」が生まれ、結局また違うシンバルにしてしまう。ところで「小さなイライラ」というのはリズケン講師の染川君の名言
。特許出願中。さて、自分の求める音とはなんなのか、なにが気にくわないのか...どのシンバルも水準以上である。あとは自分の腕だけなのだ。しかし満足できない。カレーライスの横にラッキョウを添えたいのだが、沢庵しか無い、悪くは無いがやっぱり違う、そんな感じなのだ。

　時代的には有名ドラマーのシグネイチャーモデルとして、ヴィンテージ回帰なサウンドはたくさん出ていた。あるシンバルをして「これぞビバップ！」と称していた人もいたが、違う違う、自分はビバップサウンドのリバイバルを求めているのでも、ジョーモレロになろうというわけでもないのだ。無論なれるわけも無いが。いろいろなシンバルの中には「これで決まり！」と感じさせるものもあった。しかし、シンバルはセットで揃ってナンボである。ライドがよくても、マッチングの良いクラッシュ、ハイハットが揃わなくては意味が無い。そのマッチングの良いトライアングルが、なかなか出来ないのだ。そしてまたドラムセットとのマッチング。あのドラムセットならばこのライドなのだが、こっちだとこれ。あんな仕事のためにはカチンカチンのシンバルだけど、こんなギグにはメローなやつ、などなど。

　先人ドラマーたちは皆天才である。もうそう思うしか無い。ていうか実はみんな偶然なんじゃね？と思うこともあった。ジェフバラードに、マタインヴィンクに、直接会って聴けば、良い楽器はミュージシャン同士でトレードしているという。中古やオークション市場になど出てこないのだ。そして彼等の音を生で聴けば、どう考えても違うレベルの音がする。無論奏法は差し引いての話であるからこれを読んで短絡的にとらえては欲しくない。それらは往々にしてオールドKだったりもするので、致し方の無いことではある。自分は20枚手に入れて、気に入るものは1枚あるかどうか...。そしてもうひとつ、隣の芝生は青いというものがある。そこで、知人のドラマー連中が使っている「コレは良いね」というシンバルを借りてきてみて使ってもみるが、やはりダメなのである。

　あまりにあれこれやっていると、本道がわからなくなる。いっそAジルを普通に揃えて、色目を使わずに演奏すればよいのだと思い、70年代頃のものを一式揃えてみたりもする。一枚であれこれやろうと思わず、ファンクっぽいもの、ジャズっぽいもの、広い場所で使うもの、小さなハコで使うもの...分ければいいのだ。しかーしなんだか納得できない。俺なんてそんな要求されるほどでもないのだ。なぜそんなに必要なのか？ライドとクラッシュ2枚、あとはチャイナとスプラッシュがあればそれでいいじゃないか。なのになぜこんなにシンバルのケースが存在しているのだ。ケースの中身を見れば、どれもこれも良いシンバルたちである。しかしどこかで保険のために持っているようなところがある。困ったものだ。


＜小出シンバルへ行くことになった経緯＞

　そんな私は、シンバル狂いの最中に、浅草コマキドラムシティで小出シンバルを知るようになっていた。日本でシンバルを作り始めた人がいる、ということをN尾君から聞き、そして入荷したシンバルの音を聴いていた。パイステ寄りのサウンドかな...。おそらく作り易いのではないか...。しかし、新製品が出てくるたびに、何かしらサウンドの幅やベクトルが微妙に変わってくる。ふうん...。そしてある時「これ聞いてみてよ」と言って叩かせてもらう。「えっ？」これは明らかに反量産的ハンドメイド・サウンドのカテゴリーだ。これが作れるようになったのか...。これって凄いことではないか...製品展開や、個体差の幅、生産量など、メーカーとしてみればあれこれやるべきこともあるだろうけれど、しかし少なくとも日本では他にこういう動きはない...。頼まれたわけでもないがあれこれ考えてしまう。それからしばらくして、豊橋のシライミュージックで小出シンバルのカスタムオーダー会というのをやるという。そしてちょうど別件でお会いしていたコマキ通商M氏のつながりもあって、オーダー会に第３者として出かけていき、ゲスト参加のパーカッショニスト玉木さん、小出社長との初対面となったのだった。対面して3分後には602だのEAKだのCanadaだの、みんな好きねぇ！っていう会話に突入したのは言うまでも無い。

　その時のことやシンバルオーダー会については別の日記に書いているが、その会場で叩いたプロトタイプはそれまでに聴いていたものよりもさらに素晴らしかった。なにより対話を感じさせるシンバルだった。そして自分が持参したVintage Kや使っているシンバルも聞いてもらい、材料から製法まで話題が膨らむに、つれ小出社長から機会があれば工場へ来てみるといい、と言っていただいた。その後なんやかんやで３ヶ月も経ってしまったが、18インチで1200g前後、というラインが心に決まってきたので、無理を云ってお邪魔させていただくことができた。

<div class="putimg"><img src="/01voice/images2010/P20100621koide_001.jpg" width="500px"><H4>まずは大阪へ！なんば駅近くのうどん屋。240円で激ウマ！大阪最高（一応大阪生まれなんで）！</H4><img src="/01voice/images2010/P20100621koide_002.jpg" width="500px"><H4>平野駅へ</H4><img src="/01voice/images2010/P20100621koide_003.jpg" width="500px"><H4>どことなく足立区と共通点を感じたりしながら歩く...</H4><img src="/01voice/images2010/P20100621koide_004.jpg" width="500px"><H4>小出製作所到着！</H4></div>

　工場に着くと、少々話をした後に「やってみなさい」と言って軍手を渡される。お願いしたサイズとウェイトを想定した材料を使ってフリーハンマリングを体験してみたらということになっていたのだ。工場にはハンマリングのマシンがあり、ガツンガツンと周期的に振り降ろされるハンマーに対して、シンバルを手で持って回していく。さてここで、なんのためにハンマリングするのか。おそらくドラマーにしても「工場でつくっている」と聞いた時点で、シンバルも工業的に造られていると思っている人は少なくないだろう。もちろん価格帯や想定するユーザーによって、シートシンバルのように板を打ちぬいて成型するというものもあるが、多くのハンドメイド系モデルはキャストシンバルという作りになっていて、今回の場合は素材となる合金をある程度の厚さにし、カップの形状を作った後、炉で焼いた状態のものになっている。これは、実のところ空き地に捨ててある雨ざらしの鉄屑のようなもので、見た目はもちろん、形状もところどころグニャリと曲がっている。

　もしこれを道端で拾ったとしても、これをトンカチで叩いて、あのような綺麗なシンバルの形にすることなど出来るはずがないと思うであろう。そう。シンバル作りに関しては多少の知識はあるつもりだった私も、実は機械的に成型をするのではと、どこかで思っていた。ところが、トンカントンカンやることで、ボウの膨らみを生み出し、円という誤魔化しの効かない形状において、どこから見ても同様のシェイプであると感じさせる形に持っていくというのである。

　ここで面白いのは、このハンマリングというのは、なにか板状のものをたたき出すとかそういうことではなく、あくまで板のある部分をギュッと叩きつけていること。だから、板を持ち、叩いて凹ませて丸く形を作っていくということではないのだ。で、これでどうやって形状を変化させられるのか。板状のものを、下に金床、上からハンマーでガツンと叩けば、それは板のその部分が凹で薄くなる、というのが道理であろう。しかしここにある性質があるようで、叩くことで金属組織に変化が起き、伸びようとする面が生まれて形が変わっていくとのこと。最初聞いたときには、理屈はわかるが、しかし実際にどうすればよいのかわからなかった。というか今でもまだ半端ではある。

　こんな地道なトンカン作業で整形する...しかも、何枚となくシンバルを見てきたこの自分の目を満足させる、円形状で均一にテーパーのかかったものができるのか...？ハンマリングマシンはペダルを踏めば容赦なく稼働を始める。ほおっておけばシンバルはどんどん打たれていく。まずはカップの周辺から円周に沿う形で打っていく。これがどういうことになっていくのか、それはちっともわからないが、まずは言われたとおりに打っていく。しばらく続けていると、なにやらごくわずかながら、ハンマリングがシェイプに与える影響が眼に見えるような気がする、そんな瞬間も訪れないわけではなかったが、それもすぐにわからなくなる、そんな繰り返し。

<div class="putimg"><img src="/01voice/images2010/P20100621koide_005.jpg" width="500px"><H4>早速ハンマリング。気持ちは入り込んでいるが、へっぴり腰。</H4><img src="/01voice/images2010/P20100621koide_006.jpg" width="500px"><H4>グニャグニャとした状態。もちろん手で扱うには普通に硬い。</H4><img src="/01voice/images2010/P20100621koide_007.jpg" width="500px"><H4>段々形ができてくるのが不思議。</H4></div>

　しかしだ、実はここから先あまり記憶がない。没頭していたのだと思う。始めてから1時間ほどしたところで、シライミュージックのトシちゃんが到着し、カメラを構えたりしていた。そして小出社長はこまめに様子を見ながら声をかけてくれるものの、気がつけば昼になり、そして午後には2枚目ができてくるが、これが最後のシェイプ決定がいまひとつうまくいかずしばらく粘る。段々と疲労もたまって来た頃には夕方前になるが、3枚目を炉で焼いてくれているとのことで、それを取り出し冷やした後、またハンマリング。3枚目は、かなりフラットにした。昔のK zildjianやSabianのHHを思わせる形状。それでも妙なうねりができてしまい、それを小出社長が手を入れて修正してくれた。このときの様子、そこはかとなくまんべんなくハンマリングしながら、シンバルが段々と統一された形になっているのを見たとき、あぁこれは陶芸であるとか、なにか美術工芸品の類だなと感じた。小出社長が作業すると次元が違う。まぁ当たり前なんだけど（笑）そう、人の手がその形にしているのだ。なにも手放しで手作り工芸が素晴らしいと言っているのではない。そして、シンバルだけが手作りだなどと言うつもりもない。普段何気なく身につけている洋服だって、人間がミシンで縫っている。イタリアの建造物なんて、今のような技術や道具がなくても、あれほどまでに緻密に設計され建造されていたわけだし。

<div class="putimg"><img src="/01voice/images2010/P20100621koide_008.jpg" width="500px"><H4>ハンマーの形状を変えて仕上げ。</H4><img src="/01voice/images2010/P20100621koide_009.jpg" width="500px"><H4>焼きたて。ある意味神々しい。これは後ほどフラットなボウのライドになっていく。</H4><img src="/01voice/images2010/P20100621koide_010.jpg" width="500px"><H4>洗って冷まして、さぁハンマリング。</H4><img src="/01voice/images2010/P20100621koide_011.jpg" width="500px"><H4>小出社長がやると、みるみるシンバルの形が整っていく。</H4></div>

　今回のことは、物事の奥行きを見抜く自分の力がまったくもって不足しているということに他ならないのだと考える。あれは使いやすい、これは不協だ、あれは良い音で、これは扱いにくい...。そんな自分のわがままだったのか、それとも本当に良い音のシンバルが目の前に現れなかったのか...。今回ハンマリングを終えて、形になったものが2枚ある。そのシンバルをスタンドに置きスティックを当てるとき、自分はなぜだかそのシンバルがどういう音なのかを知っているという気分になる。最初に指定した18インチで1200〜1300gというスペックが、自分にとって黄金比であることは概ね掴んでいたし、ボウをかなりフラットにしてみれば、というような目算もあったにはあった。しかし、少し感触が違う。

　仮定して考えてみると、自分でハンマリングをしている間に、意識とは別のところで、身体や脳がなにかこのシンバルに関する情報を蓄積していたという可能性。それゆえに、私はこれをどう叩くべきかを知っている、などとカッコイイ台詞を捏造してみる。そしてもうひとつ、偶然が重なり、これが自分にとってかなり理想的なシンバルとなって生まれたということ。実際、シンバルにうるさい知人ドラマーに叩かせても、これは良いという人が多い。ビギナーズラックという線もあるだろう。そしてもうひとつ、私の手から超能力が出ていて、シンバルがそのようになったということ。これは単なる自意識過剰。

　ところで、このシンバルはただハンマリングしただけではある。1枚は、裏側を小出社長に削ってはもらったものの、実のところハンマリングしながら「あとはどんな行程で仕上げるのだろう」と思っていたほどであるから、甚だ何か仕上げを意識した行為は行っていない。しかし偶然にせよ、今、自分には手に馴染む2枚があるということだ。おそらく今まで自分が叩いてきたシンバル達の中でもかなりの上位にある。もっともこれがいつまで続くのかはまだわからないわけだけれども（笑）。

<div class="putimg"><img src="/01voice/images2010/P20100621koide_012.jpg" width="500px"><H4>そして出来た2枚。</H4><img src="/01voice/images2010/P20100621koide_013.jpg" width="500px"><H4>一枚は裏を削ってもらい、シャープかつ高域が豊かに。</H4></div>

＜日本という場所＞

　小出シンバルには、なにやら日本の匂いを感じる。たとえば地方の飯や酒はその地方で食うのが一番うまい。東京はなんでも揃っているけれど、東京でしか食えないものももちろんあって、それはやはり地方に行っても食えない。小出シンバルが日本の風土...とまでは言わないが、おそらくそれは小出社長の音なのだ。そして、このシンバルは自分の音なのだろう。これは製品ではなく、そういえばトシちゃんはこれは作品なんだと言っていた。なるほどうまいことをいう。しかし実のところなんだかわからないところもあるのだ。今回の体験は、ハッキリ言ってまだ咀嚼できていない。
　ただ、うすぼんやりと感じているのは、日本ということと、自分の手ということ。今までシンバルの実際は、かなりベールに包まれていた。情報はあった。しかし、最後の最後、実際のところどうなのかという感触はいまひとつわかりにくい。特殊なものであり、門外不出の合金の製法、職人による手打ち、2枚と同じものは存在しないというところに、都市伝説や誇大妄想的なイメージもある。そして既製品を買うしか無いという現実。ハンマリングだけ考えても、これだけの設備を使ってこれだけ手間がかかるものであるから、シンバルの値段はべらぼうに安いとすら感じるが、それとてドラマー側からすれば、100枚くらい買って選んでみるなんてわけにはいかない。そして安いからといってネットでの購入を選択すれば、店はキュウキュウ、試奏して買う場所もなくなっていく。楽器というのは特殊なものだと思う。その人間の持っているものを増幅する道具とも言えるだろう。手に馴染む道具とはなんなのか。公園で拾った石ころが、なぜかとっても気に入ってみたり、山の中で拾った木の枝が、なにかとても使いやすいと感じてみたり。手が感じる喜び。身体が感じる充足感。

　空恐ろしいことなのだが、実は自分は演奏するためのシンバルを探しているのではなく、シンバルというフィールの塊のような楽器の裏側にあるロジックに突き当たりたかったのではないか。そして、ここまで道具という言葉を使ってきたが、装置→道具→工具→手というレベルがあったとして、コンピューターはやはり装置なのだが、キーボード→マウス→タッチスクリーンなど入力デバイスが変化し、装置の複雑な機構を意識せずにどれだけ人間が「手」で装置をドライブできるかというところは進化していっているように思う。iPadがベストとは言わないが、あれを使ってる人達が「デバイスが見えなくなる」といっているのはすごく面白い。私は、良い楽器が欲しい、良いツールが欲しい、とどこかで口にしながらも、実は「自分の手」を感じる楽器と、その周辺の体験を無意識のうちに必要と察し、欲していたのかもしれない。

　それが、日本という自分の住んでいる場所でできたのだ。海外旅行から戻ってきて「あぁ旅行楽しかったな〜」と現実逃避する必要も無い。ちょと違う（笑）？既製品の中から選ぶ楽しみもあれば、既製品しか無いと感じる不自由もある。今まで自分は気に入らないものは自分で作ったりすることが多かった。その入口はただ金がなかったことではあるが、いつしかそれが自分にとっての通過儀礼となっていたのかもしれない。シンバルはカスタマイズすら難しいものだ。しかし、少し事情が変わった。シンバル作りが自分達の風土の中に入ってきたとすら感じる。
　これは、奇跡ではないかとすら思っている。いや、正確に言えば国内にもシンバルを作る場所はあった。しかしこのタイミングで、日本において絞りの技術や設備という強力なバックボーンを持ち、金属加工としての冷静で客観的な眼を持ちながらシンバルを扱っている小出シンバルの存在は、奇跡であると言って良いだろう。小出社長、あと300年くらいお元気で活躍して欲しいと願うばかりです。


＜そしてシンバル考＞

　人間が楽器をコントロールするのか、楽器を人間に寄せるのか。楽器というのはある種のハードルだ。まず、楽器に人間が馴染んでいかなくてはならない。ピアノにしろギターにしろドラムにしろ、最初はやりにくさを感じながらも、いつしかそれが当たり前になり、そしてその中で感覚が花開いていく。ドラムで言えば、スティックを一定に動かす、テンポや音符によって変化させる、叩くべき場所を、叩くべき時に叩く。手足を同時に、しかしそれぞれに役割を持たせて動かす。そんな訓練をかなり重ねないと、世の中のドラマーのように演奏できるものではない。しかもドラムの場合は伴奏という役柄、状況によっては譜面をみて即演奏という状況も少なくない。音階からはかなり自由ではあるが、これだけアレンジが多様化している現在では、その分いろいろなリズムについて精通し演奏できる必要もある。いや、おそらくドラムをやっていると、そういうことができないと「叩けてないなぁ俺」という気持ちになってしまうのがむしろ自然ではないか。

　で、そうしたことはある程度やった上での話。始めて楽器叩くような人はまず鍋釜でもいい音が出せるようになるのが先。たとえばギターという楽器を聴いていると、あれは手の音がする。要するに手の音。世代的にガッドにハマった自分ではあるが、しかし40を過ぎてもやはり彼の演奏には魅力を感じる。テクニックで煽るようなプレイはもちろんだが、彼の音符表現とサウンドのコンビネーションが素晴らしい。しかもそれはエフェクティヴで演出されたというよりは、手の音を増幅しつつより音楽にマッチしたサウンドだと感じる。

　放っておいても人間の個性は出る。音はその人の音になる。ひょっとしたら素晴らしい芸術家は赤い色を使って青を表現できるかもしれない。そんなことも考えてみるのだが、すべては結果論か妄想か都合の良い解釈になりかねない。そして技術や知識も足らぬものがその言葉だけを引用するのは安易すぎる。まずはこの体験と、この2枚のシンバルを使ってみることの中から、自分はどんなフィールを満喫して、どういったロジックに辿り着くことができるのか。かなり大袈裟ではあるけれど、それほどの感動体験であったということでお許し願いたい。


＜体験をすべてのドラマーに＞

　そしていつか、すべてのドラマーがこのような体験をできる日が来ることを望んでいる。料理をして食べることを知る、床を用意し野営し眠ることを知る、身体を動かし疲労と回復を知る、知恵を絞り発想を得たり、それは消費とは少しばかり違う立場を知ることができる。それをするとなぜだか生きることの根っこのようなものや、人間が地球上にどんな風に存在する術しか持たないかということを感じるのと同じように。考えてみたら、楽器屋に置いてある楽器なんてみな初対面でいきなり恋人になろうとするようなものかもしれず、不確定なものに金を出すという意味で消費者が疑念に満ちていくのも仕方ないのかもしれない。音楽は、たとえばバンドやミュージシャンの人となりを知って曲を聴くと、また別の接点が生まれたりする。それは消費や受継の知恵か。演奏者は伴侶を求めるが、それはなぜか楽器屋に売っている。売るのは難しい。話が逸れている。しかしこの話題も実のところ重くて暗い部分があるような気がしてきた。話を戻すと、音楽を聴くというリスナーの視点から演奏者の視点へ。生かされているものから生きるものへの視点。あぁこんな大層なこと自分にもエラく高いハードルだ。しかし「わからない」ということの最大の理由は、自分でやってみないから、もしくはできないからだろう。ロジックにできるかどうか、するべきかどうかはまた別の段階だが、やってみて肌で感じる、身体が知っているということは、最大の叡智なのだと思う。やってもみないであれこれ言っているということは好ましくない状況ではあるが、実は言っている本人が一番その薄っぺらさを知っているものだろう。多くの場合やってみる機会も与えられないし、その機会を得るまでの段取りをイメージすることもなかなか難しい。さて、私は薄っぺらだ。この手で、焼きなました原材料を持ちハンマリングをして、形作られていく時間を共にすることで、ようやくシンバルを既製品として見なくなったのだろう。なんという無知。なんという体たらく。木を見て森を見ず。そしてこの体験はまだ序の口である。こんなことでわかったような気になるつもりもないし、現になんのロジックも湧いてこない。咀嚼すらできておらず、何もつかんでいないことがハッキリしただけのことである。今まで持っていたのはただの薄っぺらい周辺の事柄であり、自分は無知なのだ。でもやっとそうなれたという気持ちもある。自分など何も知らないのだ。それでいい。嬉しいことに身体は何かを手に入れ、いたって充足している。満足というものに近い。そう、諦めなくて良かった。わがまま言ってきてよかった。都合よくそんな風に考えてもいる。

<div class="putimg"><img src="/01voice/images2010/P20100621koide_014.jpg" width="500px"><H4>シライミュージックのトシちゃん。この削るのが難しい。</H4><img src="/01voice/images2010/P20100621koide_015.jpg" width="500px"><H4>そうして出来た2枚。</H4><img src="/01voice/images2010/P20100621koide_016.jpg" width="500px"><H4>かなりフラットな方は、ライドとして知人ドラマー達になかなか好評。自分としてはかなり気に入っている。</H4></div>

　この体験を、何かしらの形にして誰彼に与えてしまえば、それはまた体験の既製品になり、新たな消費側を作るのかもしれない。売るというのは難しいものだな。相手が消費者に成り下がらないように売らないと首が絞まる。あぁまたここに来てしまった。しかしこの感触は、なんだろう、肉を初めて捌いた時の感触に似ているのかも知れない。ゾクリとするが、肉を食べることの意味を肌で知る。ロジックが人間を形成するのではなく、感じることで人間は反応を憶えるとでもいうべきか。どうにか、シンバルを含め楽器を知る機会が増えることを願うし、自分も特別なこととしてではなく、ごく自然なこととして見ていけたらと思っている。
]]></description>
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         <category>２）楽器道</category>
         <pubDate>Mon, 28 Jun 2010 09:50:54 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>ライターのつぶやき：ドラムの階段</title>
         <description>今の時代っていうのは、多様化が進んでいて大変です。全国紙にセミナーを書くと言っても、何をどう書くか、それは編集部の敏腕編集者達とのいろいろな打ち合わせで決まっていきます。


100人に食べさせて、全員がまた食べたくなるラーメンを作る。そんな理想もどこかにはあるのかもしれません。個人的には、近い将来、天才ライターとかが誕生して革命的な文章とかディレクションを見せてくれるなんてことがあってもよいとは思うのです。


綿密なニーズの分析とかマーケティングで、何を書くべきかを考える。なんですかそれは。プロの仕事じゃないですか。そこまでやらんといかんのか。そういう意味では、ちょっと文章が書けるドラム叩くおっさん、という甘えもあるのでしょう。あーいかんいかん。


多様化が進むということは、人々の立ち位置がそれぞれ違うということです。音楽に対する知識や技能、ものの理解の仕方など。「ドラムの階段」というものがあるとしたら、その人が立っている階段の位置によって見えてくるもの、感じるものも違ってきますし、見せるべきものも見せない方がいいものもあると思います。


そういう意味では、コンサルティングみたいな感じなんでしょうかね。今の講師とかライターっていうのは。そもそも人々のニーズの傾向がその方向なのかも。


ま、別にそれがどうしたって話でもあるんですが、私の場合は、セミナー＝ゼミナールって感じで、自分で考えるっていうスタンスを大事にしたいなぁと。好きなことだから、好きなだけ自分で考えて、その上で人の意見や一般的なセオリーを確認したいと思うのですけれど。



階段の違いを越えるものは何か。

結局音楽の力になるんでしょうね。


音楽が世に広がり、原体験をするチャンスを増やす。それが一番大切なゼミナールなのかもしれません。


あーもっとナチュラルになろう。</description>
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         <category>１）ドラム：drum</category>
         <pubDate>Sat, 22 May 2010 18:40:17 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>ライターのつぶやき：仮面ライター</title>
         <description>私は、いつしか雑誌などに原稿を書かせて頂くようになりました。はじめて自分の文章が雑誌に載ったり、本になったりしてから、10年くらいは経ちましたか。

原稿書くのってホント大変です（笑）

仮面ライターってタイトルにしてますけど、覆面ライターでもなんでもいいんです。穴があったら入りたいの心境です。しかし、どうも私は他人から見ると、余裕があるように見えるとか、自信たっぷりとか、そんな風に見えることが多いらしく、「オメーが入るようなデカイ穴がどこにある！」と言われるのがオチです。

毎回一生懸命書いています。でもそれがダメなときもたくさんあるようです。

でも、楽しい面もあるのです。私はそもそもノンビリしとるので、レッスンをするとか、原稿ということにでもならなければ、言葉化するという大変な作業には自分から入っていくことはマレです。人と話をしているときに「どうしたら伝わるんだろう」と思うことってありますよね。そういうことの積み重なった部分が、原稿の言葉を考えているときに「そっか！こうすればわかるかも！」なんて気が付いてみたり。

演奏でも原稿でも講師でも制作でもどんな仕事でも、結局は伝わるかどうかという視点が見えてきます。なかなかうまくはいかないわけですが、その中心が感じられると、そもそも演奏じゃなくたって原稿じゃなくたって、顔の表情でも、メールでも、サイトでも喜びがあります。

そんな風に感じられるようになってきたことは楽しい面です。</description>
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         <category>１）ドラム：drum</category>
         <pubDate>Sat, 22 May 2010 18:35:55 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>ドラムの練習：教則本のススメ</title>
         <description>最近、専門学校に入ってくるような人達でも、教則本を見たことが無いとか一冊も買ったことが無いという人がいます。もちろんそれでもしっかり叩けていたり、理解していればなんだって構わないんですが。


教則本って「地図を見る」感覚でいいんだと思うんですね。


「明日、富士山行ってみようよ〜。」

「あー。いいねー。」


そうなったら地図を見て確認するとか、ドライブする道を見ておくとか、そういうことしないのかなぁ。

しないんだな。車にはナビもあるし。とりあえず出かけりゃなんとかなるし、行けなくても別に構わないし、途中で変更したり帰ってきたりしてもいいのか。


あ〜そうか、今の若者にとって年上の人間は「ナビ」なんだ。


マジそうかもしんない。
あ、全然違う話題になってしまった。
これはもう少し考えて日記に書こう。


ま、教則本は眺めるだけでも大事です。
全部練習しないとしても、どんな事が一般的とされているのかを理解しておくことができます。そして、今までのドラマーがどんな練習をしてきたのか、目安もわかります。


「Stick Control」や「All American Drummer」など、古くからよく知られている教則本には、自分で学んでいくという気持ちにさせるものがあります。私がドラムマガジンなどに書いているようなものは、説明ばかりしてますので、基本的には全然反対側にあるものです。


音楽は自由です。ドラムも自由です。


もちろんすべてはアナタ次第です。
だからこそ、いろんな情報に目を通して、あとは好きなようにやりましょう。


ブラッと好きなように旅をすることもよいことです。
しかし、それでは入っていけない世界もあります。
その世界に気が付いたなら、地図を見ておきましょう。

旅をするのに、車の運転を憶えたり、飛行機の乗り方を憶えたり、外国語の挨拶を憶えたり。それは自然なことでしょう。


どんな教則本にも、著者のアイデアや先輩ドラマーの知恵が詰まっています。


一見簡単そうに見えても「オヤ？これはなかなか...」という練習ネタもあります。そして、音楽を聴いているだけでは判別しにくい奏法のウラが取れるという面もあります。


まぁ、教則本はどこかへ連れて行ってくれるわけではありません。自分の熱意をぶつけたり、何かを確認するために利用するという視点が良いのだと思います。


ドラミングの壁にぶつかったときにも、教則本は役に立つことが多いです。
自分でも気が付かないような習慣的な行動によって演奏の迷路に入った場合には、なんとなくこれで良いと思っている手癖的、習慣的な行動から抜け出すための地図となるからです。


ドラムの世界もずいぶんと広くなりました。世界地図を広げて「国とトシの名前全部憶えとけ」ってのも無理な話です。私がドラムを始めた頃なんて、せいぜい日本の白地図程度のものだったのでしょう。


今の教則本は「有名なドラマーのドラミング解説書」となりつつあります。内容も濃く、習得も大変に難しい。そういう意味では、教則本とエチュードとハウツー本と暴露本と解説書と、もう少し区分けをして考えた方がよいのかもしれません。


それだけ専門分野となったということですか。


これからの教則本は、学者の発表みたいになっていくのかもしれません。
すでにそうなっているという話もありますが...。


そのあたりを理解しつつ、教則本を活用することをオススメします。




いいのかな。こんなんで(-_-)
随時修正もありということで一応アップ。
乱筆乱文失礼つかまつりました。</description>
         <link>http://makito.boo.jp/03music/2010/05/post_23.html</link>
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         <category>１）ドラム：drum</category>
         <pubDate>Sat, 22 May 2010 18:31:33 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>ドラムの練習：基礎はだんだん見えてくる</title>
         <description><![CDATA[「ちゃんと基礎をやりたい」とか「ちゃんとした先生に習いたい」とかいう言葉をよく聞きます。


そんなとき、クラシックでもおやりですか？という気持ちが湧きます。


まぁ言葉遊びなんですが。


基礎っていうのは、上にどんなものを載せるのかによって変わってくると思います。楽器演奏を始めて１年の人と２年の人、５年の人、１０年の人、もしくは初級者、中級者、上級者では、基礎と言っている事の内容も違ってきます。

しかも、今の音楽って「ちゃんとした」演奏法をすっとばして作られているモノだってあるのです。クラシックのような高いレベルでの演奏法が必要な音楽もあれば、Tシャツにジーパンのようなカジュアルが似合う音楽もあるわけです。


シングル･ストロークにつきる。


これは多くのドラマーが感じていることではないでしょうか。
これもまた基礎中の基礎ではあります。十年くらいやらないと完成しないという人もいます。


私は、ドラムって言うのは自転車に乗るようなものだと感じることが多いのですが、自転車に乗る基礎ってなんでしょうか。ま、両足でこぐことでしょうか？


曲だとかフレーズとかテクニックの練習をしていると、うまくできないときに、テンポを落として練習するとか、短く分割して少しずつ練習するとか、そういうことをします。そんな時に手足の組み合わさった動きの手前に、手だけ、足だけの動きなんかに注目して「基礎がなっちゃいない」なんて言ったりもします。ようするに、なにかを成し遂げようとしたときの、最終形の手前の段階に戻ることを「基礎」という言葉で考えている場合もあります。


テクニックの前提になっている事柄と、よく言われる「基礎」というのはちょっと違うように思います。今現在ドラム界に存在しているテクニックはやはりそれなりにいろいろあって、そうしたものは、ただ自然に練習していても身に付きません。目標とする演奏内容があって、それを実現するためのメカニズムの把握と技能的訓練の繰り返し。そうしたコンセプチュアルでストイックな習得行為を「基礎」とか「基本」と呼んでしまいがちですが、どっこいこれは基礎どころか、ある程度経験を積んだ人でなければわからない高度な「たしなみ」になってくるのです。


そして、テクニックにはいろいろな種類があります。演奏の目的は人それぞれ、ジャンルによっても演奏形態によっても変わります。ロック･ドラミングのテクニックとジャズ･ドラミングには違いがあり、相反する部分だってあるのです。




基礎はだんだん見えてきます。
演奏を重ねるたびに、自分にとっての基礎が。


どこかの仙人が書いた、スーパードラマーになることができる秘伝書があったりするわけではないのです。ポピュラーミュージックは時代によって変化していますから、新しいものは自分で考えるしかないわけです。


<strong>「何が基礎になっているのかを見切る力」</strong>


それが大事なんじゃないでしょうか。


練習法に迷ったときにそんな風に考えてみるのも、練習法の「基礎」とか「基本」なのかもしれませんね。


ちょっと言葉遊びが過ぎましたか。]]></description>
         <link>http://makito.boo.jp/03music/2010/05/post_22.html</link>
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         <category>１）ドラム：drum</category>
         <pubDate>Sat, 22 May 2010 18:30:40 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>スタジオに慣れる</title>
         <description>今は大抵のスタジオが「個人練習」というシステムを用意しています。当日予約で、１名または２名程度であれば格安でスタジオを利用できるというものです。

これはなかなか便利です。

出先で時間があったり、旅で地方に行ったときなどに、空き時間があるとその地域のスタジオに入ってみたりすることもあります。地元の飲み屋にフラッと入るようなものですか。

スタジオによって、音の響き方、置いてある楽器とその状態、雰囲気などいろいろです。汚いところや綺麗なところ、高価なドラムセットの置いてあるところとそうでないところ、音の良いところやそうでないところ、落ち着く場所とそうでない場所などなど。

そういう状況が変わることは、あんまり望ましいことではないかもしれません。数十年後には、スタジオの建築法に革命が起きて、部屋の鳴りなどもっともっとコントロールして、状況に応じて変化させられるとか、そんな時代もくるかもしれません。ただ、現実的にいろんな場所で本番の演奏とかするようになると、特にドラムの場合、ホールやライブハウス、ステージによっていつもの自分のセットでも、全く違う聞こえ方がしたり、アンサンブルの具合が変わったりするものです。

難しい話はさておき、まぁiPodみたいなものを持っているならば、スタジオに入ったら自分の好きなスネアの音（の入っている曲）と、スタジオのスネアを比べてみて、必要であればチューニングをいじったり、ミュートしてみましょう。

えっ？チューニングやミュートのやり方がわからないって！？そりゃ大変です。今すぐドラムマガジンなどの雑誌を買って読んで勉強しましょう（笑）

ま、そっくりそのまま同じ音になることは難しいでしょうけれど、基準を持ちながらスタジオの機材を使ってみることです。慣れてきたら、そのままの状態で叩いてみて、気持ちよかったらそのままとか。

一番良いのは、その部屋で、その楽器が自然に鳴るポイントにチューニングしてあげて、ナチュラルに演奏するのがよいことですが、それができるくらいならもう一人前ですね。


スタジオって、ただ借りて練習するんじゃなくて、みんなでその場所を楽しむとか、そういう場所が状態良く続くように、ミュージシャン側からの意見もどんどん出すべきだと思います。

いろーんなスタジオに行ってみると、それぞれの長所や短所、そして身近なスタジオの良さがわかったりするものです。


スタジオをうまく活用しよう！</description>
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         <category>１）ドラム：drum</category>
         <pubDate>Sat, 22 May 2010 18:30:08 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>ドラムの練習：工夫するのも楽しい！</title>
         <description>練習って、環境が大事だなんてよく言われます。

自宅がスタジオになっていて、親兄弟にミュージシャンがいたりすれば、それはそれは上達には優位な環境と言えるでしょう。

でも、現実的には、自分の部屋は狭くって防音なんてしてるわけもなくて、夜になればステレオを鳴らすわけにも、練習台をパカパカするのだって迷惑になってしまったりするわけです。そして結局夜は楽器のカタログとか見て涎を垂らしながらいつしか寝てしまったり。

現実ってのは、なかなかキビシイものです。

でも、そんなときに工夫することを音楽の練習の一部だと思って楽しめるか、そんなことも優れたドラマー達に多く見られるちょっとした能力のように思います。


僕らの世代では、少年ジャンプのような週刊漫画を叩くというケースは多かったように思います。あれを何冊か積み重ねて、ガムテなどで軽く縛って叩く。しっかりした叩きかたになると、漫画もいい音で鳴ってくれる気がします。叩いているとボロボロになってきますが、次の週には新しい漫画と交換したり。

メトロノームを聴きながら歩くとか、シャドー･ドラミング（エア･ドラミング）するとか。私は木枠にストッキングやナイロンの紐を強めに張って、それをバスドラム代わりにしたりもしました。いや、結構練習になるんですよね、そんなことが。なぜかって？ホンモノを叩いたときに、自分のちゃちな練習環境に比べてホンモノの楽器がどうなっているかを痛感せずにはいられないので、その分楽器のことをよく憶えこめたからかもしれません。


オヤジの自慢話だとか説教臭くなる前に、ここらでやめときましょう（笑）</description>
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         <category>１）ドラム：drum</category>
         <pubDate>Sat, 22 May 2010 18:29:30 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>ドラムの練習：そして大好きな曲を叩く！</title>
         <description>好きな曲がある→メロディを憶える→歌詞を憶える

好きな曲がある→ドラムのフレーズを憶える→真似してみる

まぁこんなもんじゃないんすかね。
考える前に動いちゃってるってのが自然で何よりです。
好きな曲をカラオケで歌っちゃったりするのとあんまり変わらない気がします。


どんどんやりましょう！
真似してみましょう！
似てなくたって、自己満足だっていいじゃないすか！
ただテンポを合わせるだけだって、何か一部の音に合わせるだけだって、楽しいじゃないですか！

どんどんやりましょう！

いろいろ難しいことも出てきます。
でも、好きな曲なら何百回も聴く中で段々わかってきます。
今は、DVDなど映像もありますからね、そういうのも見ちゃうとより一層効果的です。


どんどんやりましょう！</description>
         <link>http://makito.boo.jp/03music/2010/05/post_19.html</link>
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         <category>１）ドラム：drum</category>
         <pubDate>Sat, 22 May 2010 18:29:01 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>ドラムの練習：大好きな曲を聞きまくる！</title>
         <description>大好きな曲を聴きましょう！

心が震えるのを楽しみましょう！

震える心は演奏の物差しになる筈です。

大好きなラーメンの味をしっかり覚えていれば、それを目指して作るラーメンもいつしかその味に近づくことでしょう。

なんにしろ味をわかることです。自分の基準は最後はそこしかありません。

近づいていくべき音を、迫力を、繊細さを、優雅さを、アホっぽさを、楽しさを、悲しさをしっかり憶えましょう。


あなたが演奏するときに、自分の心が震えるかどうか。

大好きな曲を聴いて、どんどん心を振るわせて、音楽に共振しましょう。

いつしか自然と音を憶え、音の味を覚え、判断力もついてくるでしょう。

大好きな曲は変化していくこともあります。それでいいじゃないですか。少しずつ、いろんな曲を好きになっていくこと。勉強だ勉強だと音楽を聴いても、結局は心が震える音楽を聴いた体験が一番強いと思います。


音楽でなくてもいいのかもしれません。

家族や愛する人の声、街や自然の音、なんでもいいのかもしれません。心が震えれば、それはもうナチュラル･グルーヴです。音を出し、表現する理由はそこにあることでしょう。


大好きな曲を聴くためには、大好きな曲と出会わなくてはなりません。


自分の好きな音を見つける。
人間が好きと感じる音を知る。

大好きな曲を聴くというのは意外と大変なものですね。</description>
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         <category>１）ドラム：drum</category>
         <pubDate>Sat, 22 May 2010 18:27:54 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>スネア･ドラムを美しいと感じるとき</title>
         <description><![CDATA[　最近、どうもスネアを美しいと感じる。

　そういう時代なのか、なにやら色気を身につけたのか。

　シェルの塗りやフープのメッキ、ラグのデザインなど、機能美を越えて様式美が高まっているのかもしれない。ドラムという楽器の「円」という決定的なフォルムに、プラスティックの皮や、そしてその皮に大きな張力を与えるためのネジと舟形。こうした部品の集まりが、楽音を追求する楽器の設計というコンセプトのもとに、如何にしてここまで鑑賞に堪えうる造形に成り得たのか。

　いや、ひょっとしたらスネアはすでに意志を持ち、自らを磨き上げるために人間に働きかけているのかもしれない。誕生の意志を持つのは生物だけだなんて考えはどっかに捨ててしまおう。

　その美しさは、2000年を越えた我々が生きている今日に、突然として顕れたものでは無い。曲線美、直線美、手工業、大量生産、職人、オペレーター、アナログ、デジタルといった時代を経て、今ここにスネアが存在している。

　ドラマーはスネアにスティックを打ち込む瞬間に、得も言われぬ表現の源泉を感じずにはいられない。叩く、打つ、転がす、撫で付ける。中心を、エッジを、広大な14インチのヘッドのあらゆる場所を知り尽くし、そしてフープを鳴らす。ストイックなまでに一定規律のサウンドを繰り出すドラマーもいれば、目に見ないほどの細い糸のようなタイトさから、大樹のような太さを感じさせるドラマーもいる。シェルの深さ、ヘッドの種類、スナッピーの本数は大きなファクターだが、それだけではない。チューニングはドラマーのライフ・ワークとも言えるほど深い世界だ。

　ブラシを使えば、そこにはまた別の悦楽の世界が待っている。バラードにおける繊細な表現にとどまらず、ソフトでメロウな音色とクローズドリムショットのソリッドで引き締まった音色のコントラスト、音になるかならないかの微かな摩擦音から、鍛え上げられた肉体から生まれる瞬発的なタッピング・ストロークまで、天井を知らないダイナミクス・レンジという圧倒的な表現。

　シェルにこだわり、フープにこだわり、ヘッドにこだわり、スナッピーにこだわる。音楽家としてのドラマーの欲望はそこで尽きることは無い。時としてシェルのカラーリングに、木目に、フープやラグのメッキに、そしてスナッピーの溶接や半田処理にも美学を持つ。スナッピーといえば、スネアベッドの処理、ストレイナーの構造にも時代やドラマーの探求心の変化が現れている。


　なんだか最近スネアが美しい。ショップではピカピカに磨かれたスネア達が、美術館のキュレーターに扱われるかのようにディスプレイされ、ドラマー達の目にとまるのを待っている。

　直感を総動員し、高級な木目のヘヴィデューティなスネアを細目で見て手に取るドラマーもいれば、遺跡を発掘したかのように目を見開いてヴィンテージを手に取るドラマーもいる。

　スネアを相棒のように感じるドラマーは多い。その価値観は古い、新しい、高い、安いではない。手に取って叩き、眺め、吟味する。一目惚れもある。高嶺の花もある。幼なじみのような、青い鳥もある。ドラマーは音楽人生を共に進むスネアを手に入れると、満面の笑みでその相棒を抱えあげ、自分の真正面にセッティングして、ある時は容赦なく、ある時は慈しむように叩く。


　あれ、俺の相棒はどこへやったっけ。車の中に置きっぱなし？押し入れに入ったまま？誰かに貸しちゃったんだっけ？

　今夜は、スネアをケースから出して磨いてみようかな。


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（2007.06.29）]]></description>
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         <category>２）楽器道</category>
         <pubDate>Sat, 22 May 2010 18:26:26 +0900</pubDate>
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         <title>ドラマーの性（さが）</title>
         <description>ついついやっちゃうんですよ。

頭を振っちゃったり。足で地面を踏みならしたり。腕を振り回したり手首を振ったり。

かわいいもんです。


ヘッドフォンステレオを聴きながら膝をパタパタ叩く。狭い膝の中を手前や奥、右端や左端を意識して叩き分けて。周りの目なんか入っちゃいません。

電車の中で「オニーチャン病気かい？」と言われたこともあります（笑）

公共の場所ではほどほどにはしておきたいものです。


でも、自分の部屋や、ともすればスタジオの中であっても、ふと背後に自分のカーチャンとか知り合いとかがいたりすると、心臓が止まるほどビックリこきます。

集中といえば聞こえはいいですが、どこかアチラの世界へ行ってしまっているのかもしれません。


でも、いずれの場合も本人は至って真剣だったりします。

だってドラマーですから。


そんな人を見かけたときは、そっとしておいてあげましょう。</description>
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         <category>１）ドラム：drum</category>
         <pubDate>Sat, 22 May 2010 18:25:49 +0900</pubDate>
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