makito's voice

2008年08月04日
筆匠柴田祥雲堂:豊橋日記その2

  • シライ・ミュージック来訪記の続き。豊橋南栄駅近くにある「蔵や」を出た我々は、トシちゃんの運転する車で駅から少し離れた住宅地へと向かっていった。「ここですよ」と言って車を止めた場所にあったのは「柴田祥雲堂」という店。豊橋は筆の名産地で、全国2位の出荷量、書道家が使うような高級品に関して言えば一位といえるほどらしい。トシちゃんが教えているドラムの生徒さんの父上が、この店の御主人であり柴田祥雲堂の代表取締役、柴田高志さんなのだった。

    連れてこられたこの店は...!?

    筆匠柴田祥雲堂というお店なのです。

  • 「しまった!大ジョッキでビールなんか飲まなきゃ良かった...」店に入った瞬間に思ったがもう遅い。なにやら人間の中身がむき出しにされそうな場所だった。赤い顔がさらに赤くなりそうだった。まぁとりあえず筆には大いに興味があったので、トシちゃんが質問を始めたのを横でおとなしく聞いていた。どういう筆を使ったらよいのか。そんな質問からだったと思う。「どういう字を書きたいか、ということによりますね」そして「最初書きやすいという筆と、少し難しいけれど慣れてくると深い表現を出せる筆があります」というようなことを教えていただいた。固めの筆はまとまりやすく書きやすいが、柔らかいものは筆遣いが上達すれば幅は広がる...。これは楽器、特にシンバルと同じじゃないか。

    店内には筆が並ぶ。

  • 柔らかいシンバルは粒が出しにくく、そして均一に整えてビートを連ねるのが難しい。柔らかい=変化しやすいということであり、スティック・ストロークが安定しなければ出音も安定しない。重くて固いシンバルは、比較的粒が出やすくビートが伝わりやすい。スティックとシンバル、木と金属がぶつかった打撃音が明快に出やすいので、アタックはまとまって得られやすいのだ。まぁある程度の一般論ではあるけれど、柔らかさ=変化を見せる、堅さ=パルスを伝える、というのはわかりやすいところだろう。筆の説明を聞いた瞬間にトシちゃんと私はなにやら嬉々としていた。
  • どんな字を書くかとは言っても、手紙、表書き、半紙、書道家のような掛け軸に書く、となれば筆の大きさも違うだろう。ということで筆の大きさや用途、筆の作りを教えていただいた。筆は、墨を如何に含むかが大事であり、書き味を良くするための化粧毛というものもあるという。そんな説明を聞きながら概ねこんなところを使うのが良いのかなと思い始めていた。筆に使われる毛はいろいろあるようだが、イタチのものと猫の背の毛を使ったものなどが並んだ。猫の背の毛を使ったものがこの中で一番柔らかいという。私は迷わず柔らかいタイプを狙った。後になれば、自分は必ず柔らかいものが欲しくなる筈なのだ。なぜならば柔らかい筆はVintage Kと共通する匂いがする。そんな頃だったか、柴田さんがこう言った。

    いろいろな筆を出して説明していただいた。

  • 「この筆はこんな風に使うんですよ。こうして持ってみてください」...。なにやら黒い柄の先にタポンとゆったり毛が付いている。それを指先で軽くつまむようにして持つという。「これはこんな風にゆるく持って、ザバザバと書いてゆくんです」。ふーん。持ってみた瞬間にビビビと来る!いやこの筆スゴイ。持った瞬間に手になじむ重さ、そして書いてみたいという気持ちにさせられる。こりゃ良いスティック、いやブラシか?マレット的でもあるか...。「その筆とは反対に、しっかり持ってこう書いていくのもあるんですよ」その言葉に思った。モーラーとグラッド・ストーンだ。草書と楷書。スゲェ。やはり人間て素晴らしい。ここでまた柴田さんの一言「楷書ってのは、後からできたものなんですよ...」えっ...?そうなのか...「楷書を崩したのが草書だと思っていましたよ」とトシちゃん。なるほどスイングが生まれロックが生まれファンクが生まれ、タイトな表現が生まれるのに似ているのだろうか。

    写真で見るとただふざけているようだが、実はかなりビビビと来ている。

  • スティックを筆と思って扱う...。多くのドラマーはブラシが良いトレーニングになると言う。そういえば自分はいつからかスティックを棒とは思っていない。その答えを与えられたような気もする。そうか、筆という解釈もありなんだな。だからレガートが楽しいのか。シンバル・レガートは奥が深い。ドラマーのタッチに寄ってサウンドも千差万別だし、微妙なウネリも生まれてくる。そしてシンバルの違いによってもガラリと変わる。それと同じようなことが、今度は筆だけでなく、紙にもあるという。筆を受け止め、墨を吸う。墨が綺麗に吸われていくか、滲むか。表現によって選択も変わってくるのだろう。そして、墨、特に硯(すずり)の違いが大きいという。一体それは何か。
  • 「このすずりを指でこすってみてください」と柴田さん。なにやら風景画的なものが刻まれた硯を指の腹でこすってみる。クッキュックッ...。なんだか吸い付くようだ。恐ろしくキメの細かい肌をしている。そして比較に並べられた硯を同じようにこすってみる。ザラザラとした感じが強い。そして墨を用意していただいて、水を少したらした状態で試しに擦らせていただいた。クッググッキュッ...。きめ細かい方の硯は、なんだか本当に吸い付くようでハンパない。そしてもうひとうの方は、もちろん墨は問題なく擦れるのだが、なんだか普通に擦っている感じである。この感触の違いは何になるのか。

    左が、きめの細かい硯。

    こうして擦ってみてください、と柴田さん。

    うぉっ!クククッ!この違いは何?とトシちゃん。

  • きめ細かい硯で擦ると、吸った墨の粒子も細かく表現が繊細で、粗い硯で擦ればその反対...。「これはサンプリングレートだな」わはは。喜ぶ酔っぱらい(笑)それにしても、なるほどなぁと思うことばかりだ。ちなみに、さきほどの黒い柄の筆は、とある書道家の先生が使っているそうで、●万円クラス。まさにVintage Kやコンスタンチノープルというところか...。

    これは巨大な書き初め用だそう。

  • まぁ勝手に盛り上がって勝手にドラムと結びつけてはしゃいでいたわけだが、あながち外れてもおるまい。結局2〜3種類の筆をその場で譲っていただき、硯の値段は恐ろしくて聞けなかったが、墨もひとつお願いした。柴田さんには本当にいろいろなことを解説して頂いて、そして最後には半紙まで少し分けていただいた。この筆体験もまた、濃いものだった。豊橋の夜はさらにアツかった。少し落ち着いたら硯を手に入れて練習を始めるとしよう。柴田祥雲堂のホームページもあるので、筆に興味のある方は是非!