makito's voice

2010年11月14日
テレビ

  • 「久米宏の経済スペシャル〜新ニッポン人の食卓〜」という番組で、現在70代の女性達が初代OL時代、元祖遊び人ということを言っている。まぁテレビっぽい言い方だな。この番組では、変わりゆく日本の食生活を調査ということで、スタジオに集めた女性達からの話を紹介し、「娘に料理を教えなかった」という流れから「昼ご飯がお菓子」「食器化する鍋」「家族がバラバラの物を食べる」という実態に導いている。うちのオフクロはそういうことは無いけれど、しかしこれはもうとっくの昔に感じている。激動の時代といえば格好良いが、ある意味戦後の流れから一気に個人が豊かになり、規則は緩んでいったことだろう。その中で、素晴らしい人達もたくさんいたろうけれど、緩んじゃった人達も居るはずで。番組と並行でツイッターを眺めていると、この時代の人達の当時のリア充っぷりに若者が落胆しているなんてのもある(笑)
  • まぁテレビの番組だからアレだけど、実際今の日本の食生活がどうして駄目になったのか。そこに親の世代というものの変化が関わらないわけがない。最近の若者は若者は...と言いつつも、それを作ってるのも売ってるのも食べさせてるのも大人で、そこに必ず親の存在はある。無いという方が無理だ。とはいえ、その当時に教育、マスコミの風潮などもあったろう。そしてこの世代の方々も、戦争によってそうした伝授を受けられなくなった面だってあるだろう。個人の責任というよりも、そういう流れが出来てしまった。戦後の食糧難を考えれば、食べられるだけありがたい...そんな日本人の心に外食産業はいとも容易くつけこんだように浸透してしまっている。もはやありがたくもなんにも無いのに。最近は日本の政治に対して「米国のいいなり」とか言っている人も多いが、食もまた人の言いなりになっていることに気づきもしていない人は少なくないのではないか。あの店この店、好きな食べ物、うまい食べ物を選べるから言いなりではないと思うのであれば、かなり稚拙だ。何を食べるのか、何を口に出来るのか。牛丼もカレーもハンバーガーも好きなモノを選んでいるのかもしれない。しかしそこに日本の風土の中で生まれた食べ物を取ることができなくなっているってことはあまり問題とされない。なぜか。もはや日本の食べ物なんて誰も知らないのだきっと。そして皆模索している中で起きてしまったことなのだろう。でも、そろそろいいんじゃない?自分や家族の体調や情緒、理性や思考に関わる食べ物、そして毎日3度も起きているこの事柄がどうなっているのか...。あぁなんだか番組が進むに連れ、戦争やら民主主義と自由、価値観を押し付けない、なんていうことも言っていた様子。誰の責任でも無いけれど、気がついたら僕らの周りにはテレビで芸能人が食べているような美味しそうな食べ物はちっとも無いんじゃないの?まぁそれだからグルメ番組が成り立ってるわけだけど。
  • それにしても、同世代の男性についてはどうなのだろう。いろいろ思うところは多い。そして、自分たちの世代のダメダメさ。いや、正確に言えば自分のダメさか(笑)
  • 丁稚奉公に出すというのは、実に日本においては人間を鍛える仕組みだったのではないかとすら。ま、実態を知らずに言っているだけではあるが...。
  • 日本ってのは豊かさを得るためにクオリティを捨てるという不思議な国。
  • ハタと思ったが。今の10〜20代がどんな学生生活を送っているのかを70代の人達に伝えたらどうなんだろう。あの世代の人達には、戦後に比べれば世の中は素晴らしくなったということしか実感はないのかもしれない。後のことは後の世代の責任ではあるからして。とはいえ自然な自浄作用のように、食への意識やそこで働く素晴らしい若者も増えているのも事実。刺激としての味覚ではなく、アイデンティティとなる食がもっと磨かれてくると良いなぁ。そしてもっと旨い水と酒を!(笑)
  • とまぁ、ツイッターでつぶやいたことを貼り付けたりして、しょうも無い日記ではある。