makito's voice
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2014年04月26日
八重山

  • そうしてスペシャルな時間を頂いた数日後、毎年恒例の八重山に行ってきました。ここ2〜3年は本当に天気が悪く、もうげんなりして帰ってきてばかりでしたが、息子も中学生とかになったらもう家族旅行なんて行かないと言い出すのだろうし、今のうちかもなぁと話しながら、今年もチャレンジしてきました。結果としては、初日から気温も高く、晴れ間が見えた瞬間に海に入ることが多く出来ました。今回は自炊をメインにして、朝晩は部屋で調理、昼は海辺で調理。居酒屋や八重山そばの店なども数回しか行きませんでした。経費削減が主な理由でもありますが(笑)、回数を重ねて、楽しみ方が変わってきた感じもあります。
  • 今回は、石垣島本島を見直す旅でもありました。普段は石垣を拠点にしつつも離島にばかり行きましたが、川平や最北端、日曜市、シーサー作り体験など天候に応じて楽しめました。まず最初のトピックは、吉原の日曜市。到着翌日にここで食材を手に入れ、その後毎日食べました。そしてとあるビーチ。初日の夜、息子が本屋に行きたいというので散歩がてら行ってみたところ、そこでチラ見した本に載っていた場所でした。その後、竹富や波照間や数年ぶりの鳩間島、黒島などなど。黒島に行った日以外ほとんど天気が良く、日焼けもしたしのんびりしました。我が家は深いところにはあまり行かないし、ダイビングもしないので、泳ぎや潜りの達人からすれば子供の遊びみたいなものでしょうけれど、それが丁度良いようです。うーん。海はいいなぁ。
  • 3月に入ってから、息子はアレルギー性の気管支炎になっていました。夜中に咳が止まらないこともありましたが、八重山に行って3日目には、ほとんど咳を聞かなくなりました。自分も嫁も、花粉症の症状はひとつ出ず、鼻から大きく息を吸ってもなんの抵抗もなく最高でした。でも、本来これが普通で良いはずなのですが。PM2.5とか黄砂を考えれば、石垣の方が汚染が強くても不思議ではないのですが、どう考えても東京の方が悪いです。うーん。
  • 自分としては、夕食前後にちょっと散歩がてら息子と買い物するときなんかにふっと交わす会話が一番の楽しみだったかもしれません。話す内容、返答の方向性、そういうものがどんどん変わってきている。面白いなぁ。いいじゃんね、こういうのがあれば。人生それだけで。それが一番だなと。いつまでできるのかわからないけれど、出来る限り楽しみたいなぁ。
  • そして最終日、昼前の飛行機で戻る前に、白保の日曜市に寄りました。時間的にギリギリだったのですが、少し早めに着いてみたら、準備中なブースもありましたがいろいろ買うことが出来ました。ここは観光地イベント的な賑いもありますね。そして嫁が買い物中に「これから空港に行くの?なら車に乗って行く?」と言ってくださる方が。お言葉に甘えて車に乗って話をしてみれば、やちむん館をやってらっしゃる方でした。石垣島730交差点やショッピングモールの近くにあるやちむん館は、旅行者なら誰でも知っているお店の一つではないでしょうか。広大な土地に、樹齢400年もなる樹木や古くからの家屋。そういうものを当時から大事にされ守ってこられた方で、工房があるからと寄らせていただきました。犬や猫が仲良くゴロゴロと戯れ、穏やかな空気の流れる別天地のような場所でした。次回行ったら、工房でなにか作ってみたいなとも思います。今回は、ブラブラと歩いていたら野菜をもらったり釣り竿をもらったりシャコガイをもらったりシュノーケルポイントを教えてもらったり、もらいっぱなしでした。いつか石垣島に恩返しせんとあかんなと思います。
  • さて、ここから一気に30枚ほどの画像です。さーせん!

    吉原の日曜市。


    魚があるときにも来てみたいなぁ。


    とあるビーチ。風が少し強かったですが。


    市場で手に入れた玉子。


    パスタに絡めてうま〜!


    海も綺麗でごきげんです。


    シーサー作りを息子は気に入ったようです


    最北端の灯台から。後で浜まで行ってみましたが、泳ぐのはやめました。


    波照間のニシ浜。やっぱり良いです。


    昼間は簡単な調理を毎日。


    波照間の最南端。


    鳩間島。


    肉ジュージュー


    だいぶ大人になってきたなぁと思いつつも、こういう遊びもまだまだ楽しいようです。


    嫁さんがシャコガイをもらいました。


    見よう見まねでさばいてみたり。うまい!


    黒島では天気がいまいちで、なにより水温が低く、釣りを楽しみました。


    唯一行った居酒屋では、うつぼを発見!うまし!


    竹富島のシュノーケルゾーンを教えてもらいました。泳ぐと結構遠い!


    水が冷たいとあまり泳がない男w


    白保の日曜市。戻りの飛行機の前にちょっと寄りました。


    賑やかな感じです


    月桃の葉に包まれたおにぎり


    おいしいす


    樹齢400年だとか


    やちむん館の工房です


    いい空気が流れています


    自分もなんか作りたいなぁ


    珈琲までいただいて楽しい時間でした


  • 帰ってきてからも、おもしろいプロジェクトに参加させていただいたりと、なんだか夢のような50歳の幕開けでした。こっから大変な予感はしますが、感謝しつつ、他者のために働ける人間にならんとあかんなぁと。
  • 2014年04月26日
    50歳

  • 過日、50歳になりました。この数字は大台ということでもあり、半世紀という数字でもありますが、自分にとってはまた違った意味がありました。自分が高校生になった春に、親父牧美は病院で亡くなりました。早かった、早すぎた、周りの人がそうやって死を悼む中に、祖父も49だか48だかでやはり病気で亡くなったという言葉がありました。ある時から、ひょっとしたらそういう家系なのかもしれないなぁとか、深刻にというほどではないのですが、なにやら感じていたのも事実でした。他人からすればある種のナルシズムでしかないのでしょうけれど、自分はもともと身体が強くはなく小さい頃はよく病気をしていたので、まぁあながちあり得ない話ではないなと感じてみたり。
  • ここ数年、いろいろでした。震災の後のシビアな感じ、特に原因も無く体調が悪いなど、無駄に病院や検査ばかりしたようにも思います。仕事の変化もあったし、40代から感じていた生きる土地を変えたいという思いや現実の生活。資産などあるわけもなく、これで仕事なくなったら悪いことでもするか、おとなしく野垂れ死にではあります。ま、これはいずれ起きることでしょうけれど(笑)ま、そんな感じで自己暗示もあったのかもしれませんが、楽しい面ももちろんありましたが、結構鬱々とし、また憤りに満ちたりもしておりました。
  • 昨年49になったときに、これで親父の年齢だなと思いつつ、今年はついに50です。あぁ50歳。オッサンもオッサン、ジジイじゃないすか。まぁ仕方ねぁなと。で、50になる時には、なんか企画してライブハウスで飲みまくるとか、そんなことが頭をよぎったりもしましたが、最近は自分も盛り上がる元気も無く、それよりも山に行って静かに過ごしたいとい気持ちもありました。言葉にするのが面倒なのでしないのだけれども、いろんなニュアンスの中で、結局3月の月末はなにやらドラムセットのメンテやチューニングなどに費やしておりました。で、山に行く感じでもなくなり、ちょうどこの頃、ライブの途中でケーキを頂いたお祝いしていただりもして、なんだかもうお祝いされちゃった感もありました。以前からシライとしみつが、27日は仕事で東京に行くので夜に呑みましょうよと言っていたので、まぁ家族ととしみつで西新井のとある飲み屋に行って生ハムを食いたいと思っておりました。
  • 3月27日は、13時から17時まで西新井ケンスタジオでソナーのヘッドテストとチューニングをしようと思っていましたが、車はあれど、なんだか車の鍵がなかったので、歩いてシンバルだけ持っていって動画を撮ってみたり。としみつとは西新井で待ち合わせだったのだれけど、久々にリズケンに来ちゃいました、ということでスタッフに紹介したり、10年前にレッスンに来てたことを話したり。で、このとき、としみつの顔がすごく疲れていて、なんだか禿げそうだな...大丈夫かな、忙しすぎるんちゃうかとか思っておりました(笑)
  • 嫁とは西新井の駅で合流するということになったいたのだけれど、電話したらちょっと先に行ってて、というので、ブラブラ歩く。そして某飲み屋に到着した時に、としみつが「こういう住宅街とか住んだこと無いんですよねぇ」とか言うので、ここは関原商店街と言って、結構有名なんだよ、あぁ、ときどきライブやってるカフェクレールってのはここの先なんだよと返答。すると、なにやら顔の表情が一変したとしみつが「そ、そのカフェクレールってところに来いっていう命令がきてるんですけどっ」...はぁ?いや今某店に来たし、ここで飲みたいんだけど...と思いつつ、どうやら自分の言葉に乗って何かを言ったのではなく、あぁなにか仕掛けがあったのかと。多少観念する気持ちに似たものを持ちつつ、これからなにが起きるのかと考え始めておりました。
  • その後、18時半くらいから24時くらいまで、私は泣きべそをかいておりました。カフェクレールに向かう途中に、事の次第を少し確認しつつ、店につくと、窓越しに中野の顔が見えました。あぁ...なるほど...あれ...義父母やおふくろや姉貴もおるやんけ...矢堀に大高両氏...あれ、あの方も、そしてこの方も...うああああ...。嫁が仕掛けてくれたサプライズでした。こうやって書けば、いやいや気付くでしょう普通、とは思うでしょうし、自分も以前サプライズを企画したことがあるので、そういうことを考えなかったわけではありませんが。自分が閉じていたのはありましたか。たくさんの料理と酒が並び、花束やらケーキやら、なんとシンバルやら...そういったものも嬉しかったですが、心のなかでいろいろと気にかかっていた岡光くんや村田さんが後から入ってきた時には、いやぁ、泣きました。なんだかよくわからんのですが。
  • 観念した、と書きましたが、まさに観念した気分でした。親から先輩から後輩から元教え子から息子まで。挨拶もろくにできず、泣きべそジジイでありました。50歳になって、赤ん坊になったようなものでした。誰にも嘘つけないな、と。ごまかして生きても、ここにいる人達はそれを全部知っている、と思い知らされつつ、そして人がいてくれたんだよなぁと。49までにやりたいことはやっておこうと思いながら、幸運にも自分が予定していた以上の出来事が起きてくれた人生でしたが、もうそういうことを考える日々は終わりということでしょう。そして、この日自分にできたことは、見てくれとか格好付けとかあるわけもなく、息子の前で泣いているオヤジでありました。
  • としみつ:3/27に仕事で東京に行くんですけど、夜なにしてます? → 俺:えっ?山に行ってるかも。気を使わなくていいよ → としみつ:えっ?....あぁGoogleカレンダー見てわかりました、すいません、山に行くんですか? → 俺:(なんだ誕生日とか関係なさそうだな)まだわかんねーや....こんなメールの会話から始まって、当日リズケンからカフェクレールに連れてくるというミッションを託された白井としみつ氏は、本当に困っていたようです。まぁ困るよなぁ。自分の性格を考えたら、普通不可能と判断するだろうし。終わってから、あぁそれであんなに疲れた顔してたのかと納得し、その後別の機会にあったら、いつもの元気な顔に戻っていました。多大なるご苦労をおかけしました。
  • 翌日は、車に積まれた食材や酒、道具、タッパなどを見て、その準備の凄さにビビりました。その前の1週間近く、嫁はバイトなどを休んで、仕事に行ったように見せて、義父母の家でずっと料理をしていたようです。ちょうど息子が具合が悪くて、ジジババのところに預けながらも、ときどき様子を見に行こうとしていたり、車を借りていたりと、よく隠密に進んだなと、後から後から、あぁあのときのあれはとか、あのときのこれが、とか回想することしきり。息子も、とーちゃんに言わないようにと言われて、結構気を使っていたようです。いやもう感謝以外のなにものでもありません。
  • なによりあの場に来ていただいた方々には、厚く御礼申し上げます。個人的なことのためにお時間を割いていただき恐縮です。本当にありがとうございました。

    先に帰られた方、後から来られた方もおられましたが、中締めでバシャッ!ありがとうございます。

    貴重なシンバルを授かりました。ひどい顔ではありますw


    村田さんと


    みなさんともっと話して写真を撮るべきでしたと反省...。御存知な方は御存知な3人。