makito's voice
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2019年10月14日
ひゃっは〜!

  • いやもう一年も更新していない。今年の頭に、ドメインを売ってくれという話がドイツのなんとかいうところから来たが、交渉決裂。まぁそれで間違いない。
  • ツイッターやFBも、見てしまえばあれこれ書かずにはいられず。しかし不健全ではあろう。こんなにも日本というのは、予想以上にアホなのかと思わされる。もはや30年以上前、インドから帰って成田から都内に向かって走りながら、この国の方が実は狂っているのかもしれないなと感じたあの直感的なものは、正しかったどころか予想を上回る酷さなのかもしれない。
  • だいぶ自分の人生も、目が変わってきた。いやもうとっくにではあるのだろうが、まだまだ熾火のようなところもあり、しかしそろそろ大きな決断をして動かないと、もう昔のように気持ちも身体も動きやしない。この5年は、本当に腐るだけの期間だったということになりかねない。
  • あぁ。こうやってブログに書いているときは、遮断されているんだな。ここにボソボソと書いていた頃、猛烈に忙しくて時間もなくてきりきり舞いの日々だったけれど、ここがオアシスだったのだろう。
  • 死ぬ準備ってやつは、世界的に開発されるべきかと思うが、それもまた欧米先行か、はたまたアジア...いやそれは無さそうだ。残念ながら、日本は国家としては国際社会に対しては恥ずべきものであり、生まれ育って物心付いたらお父さんが人殺しだったという、随分前に思いついたフレーズは、やはりそのまま活きているとしか言いようがない。そりゃそうだ。しかし、良い人もいる。焼け石に水だろうけれど。
  • 2019年10月14日
    どうなろうとも

  • ラグビーが、被災した人たちに勇気を与える? なんかよくわからねぇな。おまえは勇気は勝ち負けで決まるのか。負けたら勇気が出ないのか。
  • なんの価値のある行動もせず、ただ生き長らえて、糞尿は他人に任せる。芸術や人間の機敏も理解せず、ろくな発言もできない癖に自分は分別があると思いこんでいる。日本人はクズばかりだ。芸術性を理解できないものは、死ねば良い。生きる価値などない。そういう結論に達する。
  • 勝手に生き、社会を汚し、他人に任せた糞尿よりも醜い思想をさらけ出して生きれば良い。農薬を使った野菜に虫が寄り付かない(のかどうか本当には知らんがw)ように、あんたらの糞尿にはゴミ虫も寄ってこないことだろう。
  • 2019年10月21日
    ダサいもの

  • 最近は、ダサいものが流行るという。そしてむしろダサいとは?最近の若い人はもうこの言葉を使わないとも言う。ディスるとか、人を上下で見ることを忌避した結果、ついにはレベルの低いダサいものもわからなくなってしまったのだろうか。もう日本のこの理解力の無さは絶望的ではないか。
  • クオリティなんてものは本当にどうでもいい民族なのかもしれんのう。そしてそんな人達の方が日本ではトップに行く。こりゃダメだ。しかしその中で、そうではない人達はいったいどうしたものか。
  • 2019年10月21日
    あさましさ

  • 自分が知っているまともな釣り人の方々はちょっと置いておかざるを得ないが。
  • 今の日本の経営って、おかしな釣り客に似ている。如何に早く場所を取るか、そして独占するか。爆釣の自慢。ともすれば魚は食べるわけでも無い。そして道具自慢。餌で海も川も汚れ、激減しても責任は無視。己が釣るためには何をしても良い。ある意味鉄オタ的か。
  • 日本人は奥ゆかしい、誰が言ったかわからないその定評を傘に、もはや血眼で電車の椅子取りをする。でも、日本人は奥ゆかしいのよ、と鼻高々。クズが染み付いている。
  • 2019年10月22日
    どうにもならん

  • 今日はトイレのボールタップを修理。なんつうかあんなんで水のトラブルなんとかで何万も取るんだよなぁ。良い商売やで。
  • 暇はあるのになかなか山にも川にも行けなくなってしまった。死にそうに忙しかったときは、行かなきゃ死ぬ!俺には行く権利がある!ww くらいに思ってでかけていたが、暇があっても天候や前後の移動など考えるといまひとつ。
  • そんな中、気持ちはどんどん荒んでいき、しかし実際疲れて山なんてもう登れもしないほどに体力も落ちている。つうことで、なんか綺麗な山の景色とか、ネット上にある写真や動画でも眺めてみようと思った。カナダの山がいいなと思ってあれこれ見ていたら、ただひたすら焚火の火が写っているとか、そんなのもあったり。そして、カナダの山にひとりでログハウスを建てるみたいなやつ。こういうの昔から結構あってすごいなと思っていたが、木を切り倒して皮を剥いて切って掘って積んでいく動画などを見つつ。こんなこと週末にやってんだろうなと。で、こういうので多いのが所謂セルフィーで。すると、今度はデンマークのブッシュクラフトの動画がオススメで出てきて、そいつを見る。いやぁ衝撃。なんの文字も無い。言葉も無い。ただただ、オーバーナイトでキャンプする様子が写っている。
  • その動画が「6 days solo bushcraft - canvas lavvu, bow drill, spoon carving, Finnish axe / by
    Rune Malte Bertram-Nielsen
    」というもの。いや〜。なんだろうこのペース。道具は斧とナイフがほとんどで、ULというわけではないが、かなり削ぎ落とされている。久々にインスパイアされた。素晴らしい。あれこれ説明したり、早送りしたりしない。もちろん、結構マメな編集はしてあったりするのだが、それにしても、基本ゆったりである。これを見ながらアウトドアチェアをリクライニングすると、あっという間に眠れるw
  • このMalteさんの動画も一通り見終えて、他のブッシュクラフト関連、サバイバル関連を見る。どうやらあの動画は結構な影響力があるようで、日本はもちろん、いろんな人達があのスタイルでブッシュクラフトやキャンプ的なものをアップしている。が、しかし個人的にはあの動画にはかなわない。鍛冶屋をやっているらしく、諸々の立ち居振る舞い、工作の動作がいちいち良い。
  • とはいえ、同じ動画を見てもつまらぬときは、またいろいろ新規開拓する。そうすると、海に入って水中銃で獲物を捕らえて釣りをして浜辺でキャンプしたり、エンジンの付いた船を出してあちこち動いたり...。とにかく言えることは、自然の環境が違いすぎる。芋洗いのような海岸でもなければ、看板で規制がどうのでも、誰かがみっともなく汚している海でも川でも山でも無い。土地は広く、海は綺麗で誰もおらずゴミも無く、そこにデカイ車で船を引いて出航して島で調理する。なんだこのなんでも揃ってる感。どうにもならん。たかだかキャンプするために何時間も車を走らせ、地元の目が光る中で小さな遊びしか出来ず、海は汚くゴミは多い。
  • そうして自分は何をしたかといえば、洗練されているとも思えない設計の、しかも日本中に無数に取り付けられているであろうトイレの装置を分解して、長時間水に浸ることを考えてつくられているのかもわからないゴムのボールで真っ黒になり、そしてパッキンを交換するでもなく裏返しただけで事なきを得て、一体日本の設計のどこがいいのかと甚だ疑問になり、そうしてその後は狭っちいベランダで何をどう置くと省スペースになるか、そしてどうやったら作業をするスペースが作れるのかを考え、洗濯物がひしめくその場所であれこれやって棚や台を組み直し、しかし到底作業などできる目算も立たず。そうして部屋の2畳にも満たないスペースで工具を整理して溜飲を下げるしかない。こんな敷地に、ベランダくらいもう少し広く作る頭はなかったのか。日本人てのはホンマに頭が悪いし、他者に豊かさを与える気持ちが皆無だ。広いスペースで木材を扱うことも、工具を奮うこともなく、ただ家庭内の片付けで終わる。まぁできたとしても、できるのかは知らんけれど。
  • 何を与えられたわけでもない。環境も無い。自分で無理やりやってきただけだ。しかしまた邪魔が入る。どんどん狭まっている。聴こえの良いことは言う。しかし実際なにも明け渡されたことなど無い。生きてるだけで環境があるなどという所謂ありがたい心を持ってはきたが、しかしそれとて腹が減ったものを忘れされるまやかしのひとつであろう。
  • すべてが貧弱だ。日本は清貧だの、質実剛健だの、断捨離だ、ミニマリズムだと。もうどうにもならん。豊かさが違いすぎる。この年齢になるまで、毎日遅刻もせずにあれこれ仕事に通い、あれだけのスピードで仕事をして、疲弊して夢も無く周りの環境はすべて年上に合わせ、せいぜい豊かといっても都内にマンションだの車だの外食だの海外旅行だのだ。どうにもならない場所に生まれてきたようなものだろう。そうして絶望して死んでいく怨念が、日本にたまりまくっている。優れた音楽が生まれるはずも無い。優れたデザインが育つはずも無い。精一杯頑張って背伸びしているだけだ。あとは精神世界か。そりゃオウムみたいなものもできるはずだわ。今まで自分は、耐える元気があった。それだけのことだ。与えられたのは、忍耐をする力だ。豊かさを感じる要素などひとつも与えられずに生まれてきたようなものであろう。しかし耐えてなにか作ることの可能性を広めようとしてきた。しかし、もはや社会はキチガイになって、貧弱な持ち物を離さないことに必死になっている。それでいて、ものを創ることも、農作も、ともすれば料理すらしない。なんだこれは。これが大人になったら少しはまともになるのかと思っていた世の中か。絶望しか無い。死に方を考えたほうが良さそうだ。逃げるが勝ちだ。

  • 2019年10月27日
    潮時

  • 結局、自分がやりたいことではないところで動いたものは、この結末が待っているということかもしれない。どこかで合わせようとしていた。どこかで、合わせることでなにかが生まれると思っていた。
  • かつて思い悩んでいたときに「時代の踏み台になってください」と言ってきた哲学好きの人がいた。なるほどとも思った。そして、団塊からその下に脈々と続く日本のヘドロ臭い伝統を堰き止め、世界の視野をと思ってきたが、結局10〜20代はナショナリズム&右傾化である。30代はそれを止めもしない。自ら元に戻ろうとしている。なんだそりゃ。
  • 知るかボケ。お前らの成長など待ってられるか。なんでいちいち優しくしてやらなアカンねん。そういう時代に戻ってよいということですかね。あぁ喜んで。