makito's voice
« 2020年1月 | 2020年3月 | 2020年4月 »

2020年03月09日
コロナウイルス

  • 世界中がコロナウイルス騒動になっている。どうやってこのウイルスが産まれたのか、実際どこまでこれは問題なのか、それにしても世界中のニュースをヤバ気に報道する。軽く見るつもりは無い。しかし日本政府の対応もよくわからない。もはや諸々のことが、意味がまったくわからない。日本人は筋を通すものだと思っていたが、年上の人間と話をしても、結局は「そういうものなんだよ」的な。なんだろうねぇ。
  • 一年前から、草加の古家の売却方針が決まり始め、大量の楽器整理や数千枚のフロッピーなどのパソコン関係の処分からはじまって、何十年にもおよぶ生活用品、家具、店舗什器、厨房機器、空調機器などの処分撤去から、そうして年末前に片付いた。土地は土地にすべきというコンセプトの中、この1年不動産を見てきたが、いやはやどうにもである。不動産屋が、今はほとんどネットに載ってますというのでネット主体で来たが、どうにも。タイミングがおそすぎる。30〜40代のときにこれが起きればとは思うが、今まで引っ張りに引っ張ってきている。その時々の判断には意味もあるが、今となっては、なかなか世の中も下がってきてからの、手遅れ感は否めない。
  • もうこの国に、自由とか希望は無い。何をやってもどこにいっても口ばかりの年寄りが立ち塞がる。そしてすべて握っている。もういいや。戦争にでもなったら、最後に一杯だけ酒飲ませてくれたら、死んでやろうと思う。なにもわかっちゃいない。40年前の日本のまま、脳内で進んでいる年寄りがいる限り、どうにもならない。まだ青春を信じて、金を使う楽しみばかりで、あれはああだったこれはこうだったと。成功もしていないものが成功体験を語る。クソジジイなど、いまだに若いオンナをキメてやろうと考えているのがミエミエだ。ま、それを元気と言えるほど、優しく見てあげられるはずもない。なぜか。風土も文化も愛さず、学びも無く鼻息荒く権利を主張し、傲慢軍人のように街を闊歩するクズそのものであり、ややこしいことに、若い世代にそれを伝染させている。
  • いつだったかM氏が言っていた、俺達は結局あの世代のために納めてきただけですかね。という声が思い出される。
  • コロナウイルスに殺されるよりも、憎悪と嫉妬の混じった老齢の呪いのウイルスで死んでいくのではなかろうか。
  • 2020年03月18日
    コロナ戯言

  • コロナなんて誰も歓迎するわけもなく、いろんな騒動に辟易する声もあるけれど。最初は悲鳴やらヒステリックから始まって、しかし現実ヴァイラス相手にはどうにもならんことが定着してきて、ベストな解やドラマのような解決法も無いこともわかってきて、なんだか肝が座ってきた感じに。そうしていろんなトライアルの中で、最初はそんなん無理と思っていたものを他者がやってのけたりして、次の展開や、変化に対して意欲が湧いてきている感じ。

    こんな言い方をするとすごく嫌味な感じになるのかもしれないけれど、浮ついていたのが収まって、追い詰められて発狂でもなく、叡智を向かわせる感じになっていくのがなんというか可視化されてみたり。

    そもそも、今までが異常という人は多いが、そんな人達も今回はどうにもならない悲鳴をあげていたり。なんだかんだみんな裕福に暮らしていて、既得権益な気持ちは根っこに張り巡らされている。

    でも、そもそも誰のものでもなく、誰の支配でも無い。風が吹けば飛ばされて、水が押し寄せれば流され、地面が崩れれば落ちていく。担保とかトレードオフとかあるけれど。緻密に組み合わさった社会の思惑に寄って成立している椅子取りゲームも、それはあくまで人間社会の中の椅子でしか無い。もちろんそれが文明というものだろうけれど。

    あぁすべてに通じる座れる場所、眠れる場所とは、一体どこにあるんだろう。それが涅槃なのかな。

    時々、境界にいることを感じるときもある。いつかひょっとそのラインを越えることもあるのかもしれない。誘われるのか、自分で越えるのか。

    肝が座らない。肝を座らせないようななにか催眠術でもかけられてるのではないかと思うほどに、今の世の中はなにか取り憑かれたようなものも感じる。無論自分も他者から見たら与太者であろう。

    目が覚めるキッカケは、正義でも芸術の美学でもなく、結局は生命維持に対する本能なのかもしれない。それは美学をモットーとしたい自分としてはいささか残念な真理だけれど、だとすれば、シリアスでもコミカルでもシニカルでもボタニカルでも←、生存本能の顕れを含んだものが、グルーヴなのであろうし、それはもう生命と生命が感じるものなのであろう。

    コロナは凶悪でもないように見えるものでありながら、社会を封じ込めている。これ、ある意味では現政権と似ている。恐ろしい危機の手前のようでいて、社会はどんどん封殺される。これ、あの人のやり方にそっくりだ。結局、社会に絡め取られた人間は何に弱いのかを、知り尽くしているのかもしれない。

    今回、動けない人ほど、社会に絡め取られているのだなというのは見ていてよく思う。普段はそうでない言動であったり、あとはフリーランスというものは、雇用形態としてフリーではあるが、社会にもっとも密着した毛細血管のようなものであり、一匹狼などではないことが、よくわかる。このあたりはいろいろ疑問を持っていたが、なんだか解決したようでもある。

    本来のフリーランスとはなんだろう。フリーダムでも、涅槃でも無く。

    自由を装った、自由人モドキも多い。いやそれは別にそれでよいのだし、自由人という制約の中で安心しているならば、筒の中で眠る穴子のようなものであろう。

    安定、安心することが自由なのか、自由であれば安心は要らないのか。自由でハイリターンでありながら安定、安心はそもそも無いと思っているので、大抵こういうことはもう誰かと意見が合うこともなく、定義も適当であり矛盾だらけでもあると。

    精神の開放という言葉も、もはや宗教か妄想の域になりかねないけれど、精神が開放されてアナグラに閉じこもる人もいれば、閉ざされて大海原に飛び出す人もいて、自由だと言い張る人の惨めさや豪快であると誇る人の矮小さを考えれば、開放は人の目や欲も含めた、自分の考えからの離脱だとなると、これまたよくある安直路線になるので、どうやら到底諦念には程遠く、結局はこうして書いてみて頭の中を俯瞰してみて、すべて忘れて次に行くといういつもの手順なのであろう。

  • 2020年03月20日
    いったい

  • 昔は魚なんてナンボでも穫れたんよ。とれなくしたのは誰だ。挙句の果てに、田舎はいやじゃ、土なんて触れない。自然を壊すだけ壊して、都会に逃げ込んで、そんなのは無理だ、そんなことやめとけ。それで教育しているつもりか。
  • 戦争には行ってもいない。混乱の中で生き残った悪党に逆らいもせず生きてきて、偉そうに言うな。闘ったとでも言うのか。隣人といがみ合っただけだろうが。
  • 2020年03月22日
    今生

  • ハングリー精神とか悔しさをバネにとか言って頑張った気になってる時点で、自慰行為だわな。
  • 2020年03月22日

  • 何年前だか忘れたが、まだ某社が市ヶ谷にあった頃。九段下まで歩いて電車に乗ろうとして、某神社に寄ったことがあった。初めて入ってみて、展示物なども見ていたのだが、黒いスーツを着た屈強そうな男達がいる。すれ違いに顔を見るが、目を合わせない。完全に意識を作っている風だ。こういう人達が、まだいるんだなと気がついた。しかしそれは、街宣車で回るような感じではなく、もっと表面上は静かで、しかし絶対に譲らない人間の表情だった。
  • 「この人達は、諦めていないんだ」と感じた。自分はそういうことにはかなり疎い。正直、右だの左だの保守だの革新だのの定義もしっかり言えない程度ではある。しかし、そう感じた。いつの日か、こういう人達がまた世の中にワラワラと出てくる日が来る。この人達の目は、それを待つ決意を感じさせる。
  • あれから何年経ったか。そろそろ、その時が近づいたようである。ひどいもんだ。70年経って、また戦時中の様になるのであろう。コロナによって動きは制限され、権利や財産も抑えられ、今まで利権まみれで進んできた原発と311による健康被害も、年金も、経済も、領土問題も、ありとあらゆる裁判も賠償はチャラになるだろう。逆らうものは粛清か。
  • 取り越し苦労なら越したことは無い。が、残念ながらあの時からずっとモニターしてきているが、すべて流れが繋がっている。
  • 2020年03月31日
    コロナやら

  • コロナウイルスで世界中が大変なことになっている。そして仕事も飛んでいる。この時間のあるときに、ちょうどよかったんだろうけどなぁ。
  • 再浮上した可能性が潰れて、まぁやる気無くなった。なんでこんなにがっくりきてんのやろう。自分でもちょっとわからんほどにダメージでかい。八方塞がりやなぁ。ほんまいつまで続くこれ。コロナじゃなくてこの人生。
  • そして YouTubeで海で釣りしてる動画ばかり見る。ええのう。なんで俺はこんな場所に住んでるんだろうか。