2011.04.11〜12 奥多摩石尾根幕営

このところ東北の震災後の余震や原発の影響で、どうにも山に行く機会を失いがちだった。明日は行こうかなと思ったら夜中に大きな余震があったり、山に行くこと自体の危険性もあるだろうが、呑気に留守にしている間になにかあったらと考え、ちょっと二の足を踏んでしまう。

とはいえ、どうにも頭の中がこんがらがっているらしい。震災、原発、都知事選...。運動不足もあるし、天気はまぁ良さそうなので始発で奥多摩へ。鴨沢で降りてのんびり登る。それにしても登り始め最初の1時間て辛いなぁ。久々というのもあるけれど、暑くて汗がたくさん出る。面白かったのは、汗が出るようになって軽い中耳炎で聞こえにくかった耳がガボッと音を立てて戻った。鼓膜に滲みていた水も出てしまったということか。

奥多摩駅

駅周辺は春の様子

登るにつれ曇ってきた

堂所を過ぎて七ツ石小屋手前の巻き道でブナ坂に進むか、千本ツツジ方面に向かって鷹ノ巣山というのもありだなと思っていた。ところが、段々天気が悪くなってきた。まぁ途中曇りで夜から晴れというような予報だったように思うが、あまり塩梅が良くない。で、奥多摩小屋か、雲取山避難小屋に行こうかと考えた。石尾根に出てしばらく歩いたが、時間もたっぷりあるので珈琲を飲んで30分ほど昼寝。

ブナ坂到着

ちょびちょび休憩

KUPIKAのカップで珈琲。

雪はほとんど無かった。アイゼンもいらなかったし、軽いファイブテンにしておけばよかったと思いつつまた歩き出すが、天気はどんどん悪くなってくる。奥多摩小屋のテン場に着くと、いくつかテント張っている人がいたので、ここでいいやと自作シェルターを張る。先日、ペグループを追加してエッジをスカートにできるようにしたりメッシュのベンチレーターを付けたのだが、どうもピンと張りにくくなってしまった。

自作シェルター。右側がたるむなぁ。

あれこれやっているうちにポツポツ来たのでシェルターに入ってノートにつらつらといろいろ書いたりうたた寝をしていたら、風が強くなってきた。15時くらいだろうか。張りの甘いところが風で押されまくり、ぬかるんだ地面に刺しただけのペグが外れた。あちゃーと思って外にでると雪になっていて横殴りに降っている。しかも雷の音もし始めた。こりゃあかん。避難小屋でヌクヌクしたほうが良いかと天秤にかけるが、しばらくすると雪もやみ、風はややあったが、晴れ間が出てきた。これで晴れていくのだろうと思って、安心してゴロゴロしていたら、また風が出てきた。

外に出てしばし歩いてみる。すると、どうもテン場は風が吹き抜けている。斜面側に行くと良いようだ。しかも眺めも良い。で、一度場所を変えてシェルターを張りなおし、写真を撮ったり。あ、そういえば地震もあったな。ゆっくり大きく揺れていた。で、飯食ったりなんだりして20時くらいまではよかったように思う。月も見えて、このまま晴れながら朝になれば良いのにと。ところが、その後また曇り始め、風が容赦なく吹き始めた。シュラフ+ゴアのカバーなのでなんの実害もないのだが、バタバタ五月蝿い。無視して寝る。そして1時間おきくらいに目が覚めると、風はどんどん強くなる。山からゴォォゴォォザザザザザァァと音がすると、その数秒後シェルターがグワングワンと吹かれる。石も置いたのでペグが抜けることは無さそうだったが、風向きがいろいろ変わることでときどきシェルター半分がペシャンコになる。そしてなにより五月蝿い。

場所を変えて張りなおし。天候回復かと思っていたが...

ポールをA型に組んでいるせいか、風が強くてもポールはほぼ動かず。

結局26時くらいだったか、一応いつでも動けるような服装にしておいてまたシュラフにもぐり、ポールを寝かせてシェルターを倒して寝ることにした。外は綺麗に晴れていて、星空が綺麗だった。今まで奥多摩で見た星空の中で一番綺麗だった。-7度くらい。AM4時くらいになると、風はますます強くなる。結局ウンザリして5時に撤収を始める。まさに快晴、富士山も綺麗だった。翌日の仕事のこともあったので午前中に下山。珍しく温泉にも入らず店で飯も食わず、エビスを1本飲んで電車に乗る。

家について洗濯してギアを干し、山で拾った朴の葉で焼き味噌。歩いた距離などを考えると達成感の少ない山行だったのだが、なぜだが山が近く感じられるようになった。不思議な感じ。

朝は快晴。風はビュンビュン。

朴葉の上で焼き味噌。うまい。

( 2011/04/17 )