makito's voice |
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![]() DWのセット。良い感じでした!欲しいw!![]() こんなん叩いたり![]() あんなん叩いたり![]() いろいろあります!![]() 浅草某店にて。ティッシュは持参品ですw![]() これがムビラです。![]() ムビラ、ギター、パーカッションです。人間というのはおもしろいもので、大惨事が起きたというのに、そのまま居座ったりしている。火事が起きているのに、いや燃えてないよと報道され、やけどが目に見えないからといって、ほらなにも起きてないよという。安全は安全でなくなり、漏れないと断定されたものは確実に漏れていて、飛ばないと言われたものがしっかり飛んでいる。火事になって逃げ惑うのをパニックと呼ぶのも結構だが、逃げもしないのはもはやパニックを越えて錯乱して動けないだけではないか。 私より上の世代ってのは「発言に責任を持て」と下の世代に散々言って来なかったか?どうなんだ?もう責任のとりようも無いのだろう。自分がやったのではない、皆そう思っているだろう。しかし知りながら黙っていたのは誰なんだ?そしてそれを必要悪としてでも下の世代に歴史として伝えてこず、調子の良い時は金をばらまき、調子が悪くなると、生きるってのは厳しいんだから自分で何とかしろという。もちろんそこには愛があるだろう。強大な力の渦巻く中で社会保障という名目でポジションを手に入れたかのような時代において、それこそが下の世代に対する養育であり愛であると思った面もあるのだろう。だがしかし、なぜ今この状況になってまだ黙っている?それで成り立っていることを知っているからだろう。ポジションと引き換えに同和しているのか。 もはや日本において「愛」というものは存在しうるのかとすら感じる。いやおそらくそれは輸入されたものなのであって、定着する前に歪んでしまっているし、まぁそもそも社会に対する適当な総合感冒薬みたいなもんだろう。健康に暮らす土壌を持つことも許されず投薬される。まさにブロイラーだ。しかも自分はちょっと良い餌を食べていると自惚れているブロイラーもいるようだ。最近は理念だなどという言葉を振り回す輩も多いが、もちろんその問に対して考える機会を与えられるという面は大事にすべきではあるけれど、それは胸の内にあるものであって経営のために振り回す文言ではない。あるべき心もなく、ただ強壮剤や薬としての経済恩恵が与えられる。うんざりするような社会構造、うんざりするメディア、うんざりする行政、うんざりする一般大衆、そしてうんざりする自分自身。そう、もううんざりなのだ。 しかし一方で、うんざりというのは、今まで自分が何もしなくても適度に社会変化や経済活性が進んだ時代にいたことで、同じ状況で生きるということをしてきていない自分の耐性の問題とも感じる。他から輸入された方法論である愛というものによって、その他の愛が消えてしまった。山への愛、川への愛、海への愛。それが金への愛だけだ。これは視点によっては観念の世界でもあるのだろうからある意味純粋だ。実際その心地よさも体験しているから、今の状況が煮詰まって感じられる。お金が無いと現実的にはやっていけない、という発言は、正しく今の世代にも伝わっていて、年収何百万以上の旦那を希望しいつまでも相手が見つからず「ただ普通に婚活しているだけなのに」と言わしめる精神構造とまったく同じだ。いやむしろそれを伝染させた根源となっていることを理解していないとすればなおさら性質が悪い。 変えればいいというのは、それは外ではなく内だ。環境でなく人間だ。今まで、じゃぁ変えればいいと言って土建屋が経済効果を錦の御旗に自然を変え、外のものの組み換えばかりをやってきている。人間が変わればいい。多くのことを知ったのだ。人間はちっとも変わっていない。災害が起きても、避難が行き届かない。現場から離れない。自然とは脅威であるし、万物の成り立ちの解明にはまだまだ時間がかかる。そしてそれはすべてをコントロールするためにあるべきものではないと感じる。 できるようになってしまえば、なんでこんなことができなくてイライラしていたのだろう、と思い返すことはたくさんある。誰だってそんな経験があるはず。ある意味これは、資本主義であるとか経済戦争の後遺症としての中毒症状とか反動なのではないか。タバコ、酒、車、金、やめてみたらすごくよかった、なんてこともあるだろうし、依存しない冷静さがあれば別にどうだっていいのだろう。でも、おそらく静かになくなることなんてあるのだろうか。反動期というのは避けられないのかもしれないし、その前後に多くの憤懣エネルギーが生まれることも自然なのかもしれない。 日本を維持できない...たとえば原発がなくなったら生きていけないと決めつけている、前述した、できるようになる前の中毒症状のイライラと文句でしかない。それに耳を傾けている暇があったら、できるようになるべきであるし、そこに力を貸すべきだ。私はアメリカという国にいろいろ問題も感じるけれども、アメリカには自立に対する賛美がある点は見習いたいと思っている。日本には、それが無いのに金と愛だけが流入して薬漬けのような中毒症状も生まれている。 と、中学生のように言い散らかして自分は何をするのかと。問題はそこだ(笑)ということだった。作品のバランスの良さでこんな合点がいったというか、気持ち良くなったのは久しぶり。やりたいことが頭と身体に充ち溢れていて、作る喜びに包まれている。自分視点での発言をのびのびとしていて、点と点を結ぶような導線を示唆したり今までに無いコンテンツのパッケージを作る意欲が感じられる。手前味噌な話であり比べるものではないが、初めてドラマガの特集で自分名義で文章を書いた時の感じを思い出した。というより、あの空気が蘇ってきたという感じ。 さて、今年の1月にこんな日記を書いた。 思い出深い日だった。この日、豊橋からシライとっち店長、そしてM.Nの3人で初めて集合し新年会よろしく談笑した。この店はたまに行くけれど、自分にとってちょっと大事な、村田氏との大きな思い出の場所でもある。ちょうどM.Nに参加してもらったフォトドラムやフィール&ロジックなどの連載が1年を迎えようとしていた頃だったが、ここで呑みながら村田氏の仕事の変化について話しがあり、内心かつてない落胆と動揺を感じつつ、とはいえ力なく笑うしかなかったのを憶えている。そんな場所ではあった。 その時の悔しさに似た思いは、ある意味その後「もっとドラムがうまくなる7つの最強プログラム」を作ったときに昇華された。村田氏とのあの本の制作は、フットワークの特集〜オールラウンドリズムセミナー〜どらマジ〜フィール&ロジックなど自分が打ち出した路線の最後のロケットのようなものだったのかもしれない。ちなみに黄色本は3年連載したオールラウンドドラミングセミナーを特盛にしたようなものかも。ああこれ自画自賛ではなく、そういう過去から現在、そして未来への流れ、これは浅草重鎮N氏が言っていたことでもあるんだけれど、今回そんなものを連想せざるを得ないということね。それが嬉しかったのですよ。 この夜、教則モノということについても話があった。諸手を上げて賛同はしない。今こんなことを言うとズルイけれども、蓋をしておいたほうが飛び出すときの勢いは強くなる、そんな面もある。自分もそうされたことで結果が良かったということもある。 あれから8ヶ月。速いペースで制作が進み完成したようだ。あぁやりたかったんだねこれが。これをやりたかったのか。そしてずいぶんとうまいこと完成させたね。ある意味ずいぶんと昔に、自分がドラマガなどの雑誌に持っていたイメージというか、総合的かつ楽しく魅せるドラム解説というもののワクワク感がより端的になっていると感じる。健やかな若者の匂いがするし、その魅力が非常に大きい。そしてひとりの発信者であるが故の言い切れるストレートさがある。自分はどらマジにしろフォトドラムにしろ、こういう印象のものをやりたかったができなかったという面がある。若者を起用しても、結局は自分の枠から出られなかったのだろう。ある意味ドラムを始めて30年、記事を書いて15年も経とうとしているのだから、そりゃあジェネレーションギャップもあるんだけど。 そして枠組みというものの変化が来ているなとも思う。自分はドラマガの中では異端というか、最初の特集からかなり好きなようにやらせてもらった。もちろん企画テーマを明示して構成も見せて了承を得てはいたけれども、大勢が関わる雑誌の中で、独自路線を出すというのはちょっと神経使うし賛否両論が出る。どのベクトルならばストレートに言い切れるのか、これは書くときの一番重要なポイントになると思っているけれども、それでもなるべく普遍的に納得させなくてはという強迫観念によって言葉が過ぎたり、リスクの多いことは見せ方を変えるなど、ストレートになりきれないところもある。それはやはり枠が変わったほうが早いのだとも思う。 もちろんM.Nというのはもはや著名人&バンド活動あっての牽引力も含めてパワーがあるわけだけれど、すごく嬉しいと思うのは、今まで多数の人間と企業の絡みが集まってできていたメディアが、今では逆に身動きが取れにくいような状況において、営業的な障壁からいったん逃れ、単独の人間のコンセプトに絞りきって、そこに異種ながら同様な方向性と実績を持つ人間が参画するという形によってパワーを感じさせているということかもしれない。それはいみじくも赤本が見せたひとつの形態であるとも感じている。ひとりのコンセプトだけれど、ひとりではない。ある意味では偏ったやり方の中で、普遍的な発言としてパワーを炸裂させることができたのは、やはりバランスの取り方なのだと思われる。そういう意味で、村田氏の方法論はまたしても功を奏しているし、実態として形に見えないものながらも、こうして作品のエネルギーとして実在している。彼はまたしてもなにかやったのだなと思う。そしてこういうモノ作りが人々に力を感じさせるということはとても嬉しい。 そして、原初的駆動エネルギーとしてのM.Nのプロデュースの才覚はこれからさらに出てくるのだろう。多くの人を観察し、その中に自分を置いている彼のやり方が、この作品を独断的でも独善的でも独尊的でも無い、ドラマーへ大きく開かれた入り口と感じさせている。とはいえこうしたことはかなり孤独な作業である筈で、赤本は孤独に負けたオヤジの皮肉も混ざっているが、この作品はそうして面は微塵もなくすこぶる優良だ(笑)今回、赤本や最初の連載などちょっと読み返してみたが、当時のものはまだあまり皮肉はなかったので、これはどうやら最近身についてしまった加齢臭みたいなものだろう。これはもう書き手の性格の違いであって、自分の撚た性格を修正する良い勉強とさせてもらうことにしよう。 自分としては、この作品を鑑賞しながら当時を懐かしむという、やわらかな一日を授かったわけではあるが、あの当時手探りだったものを読んで何かを感じてくれたと語ってくれる人が、こうして良い作品を作ってくれているのであれば、それはもう失敗作として肥やしになる運命としてでも、臆せず手探りするしかないと思うのだな。ま、ある程度形が決まっちゃうとあとはつまらなくなっちゃうという自分の性格もあるので、手探りするくらいが楽しいというのもあるのだけれど。このところ、伝えることに限界みたいなものを感じていたというか、なにか負けてしまいがちだったのだけれど、あぁこれで良かったんだと思えたのは本当に嬉しい。 ひとつ前の日記で中学生レベルの文句を垂れているが、まぁ実際のところそんな気持ちが続く中、ひとつ気持ちの良いこともあったということで、仕事しますハイ。 ![]() image link from apple.com |